海外文学読書録

書評と感想

ベン・アフレック『AIR/エア』(2023/米)

★★★

1984年。ナイキはランニングシューズの売上は好調だったが、バスケットシューズの売上は低調だった。バスケットボール部門のソニー・ヴァッカロ(マット・デイモン)は、NBAのドラフトに挙がった選手から契約相手を探す。試合のビデオを見てマイケル・ジョーダンに白羽の矢が立った。ソニーは新人の彼に多額の契約金をつぎ込むことを提案する。CEOのフィル・ナイト(ベン・アフレック)はあまり乗り気ではなかったが……。

典型的なハリウッドの実話映画。アマゾンオリジナルの割には面白かった。全体的にテンポが良くて商業作品として洗練されている。

アメリカ企業のすごいところはルール破りを平然と行うところだ。音楽共有ソフトから音楽配信サービスに鞍替えしたNapsterファンサブから出発したCrunchyroll。著作権侵害動画で勢力を拡大したYouTube。ルールを破ることによって市場を開拓し、爆発的に成長している。そして、ナイキもその例に漏れなかった。

ナイキのルール破りその1。交渉の際、本来なら代理人を通すところ、彼の頭越しにマイケル・ジョーダンの母親と直接接触している。ナイキのルール破りその2。NBAではシューズの色に規定があるが、その規定を守らず罰金を払う覚悟でシューズをデザインしている。ナイキのルール破りその3。業界の慣例ではシューズの売上を選手に分配することはなかったが、マイケル・ジョーダンと契約したいがために慣例を破っている。

イノベーションを起こすとはこういうことなのだろう。保守的な日本企業ではとてもじゃないが真似できない。だいたい日本企業が行うルール破りなんて談合や労基法違反が関の山でイノベーションとは縁がないのだ。それまでバスケットシューズのシェアはコンバースが1位、アディダスが2位でナイキはその後塵を拝していた。それがエア・ジョーダンの成功で1位のコンバースを買収するまでに至っている。こうなったのも初期のルール破りのおかげなわけで、既存の枠組みに囚われない経済活動は見習いたいものである。

実績のない新人のために専用ブランドを立ち上げたのも気が狂っている。今振り返れば先見の明があったことになるが、当時はギャンブルだった。投資とは多かれ少なかれこういうもので、伸びそうな逸材に金をかけるものである。しかし、実際にそれを行うのは並大抵ではない。この人材は本当に伸びるのか。才能ひしめくNBAでスターになれるのか。また、途中で怪我するのではないか。普通はこういったネガティブな考えが頭に浮かんで萎縮してしまう。だが、ナイキはその才能を信じたのだ。宝くじは買わなければ当たらない。いざというときチャレンジする度胸も見習いたいものである。

企業との交渉の矢面に立っているのが、マイケルの母デロリス・ジョーダン(ヴィオラ・デイヴィス)だ。彼女も並大抵の人物ではなく、息子がNBAでスターになることを確信している。息子の才能を信じて百戦錬磨の企業と交渉する様子はまったくもって頼もしい。ナイキにシューズの収益分配を要求したのも彼女だった。未来のことは誰にも分からない。だからこそ信じる力が重要になる。ここまで息子を信じた母親も偉大である。

本作はアメリカの企業風土が垣間見えて興味深かった。これと決めたらなりふり構わず突き進んでいく。たとえ既存のルールを破ろうとも。さすが世界一の経済大国は伊達じゃない。