海外文学読書録

書評と感想

イサク・ディーネセン『アフリカの日々』(1937)

アフリカの日々 (河出文庫)

アフリカの日々 (河出文庫)

 

★★★★

アフリカ滞在の記録。1914年にデンマークから移住した著者は、以後17年にわたって広大な農園でコーヒー栽培をする。人々の営み、動物、自然。最後は経営が立ち行かなくなり、農園を売り払ってアフリカから去ることになる。

目のさめている状態で夢にいちばん近いのは、誰も知人のいない大都会ですごす夜か、またはアフリカの夜である。そこにはやはり無限の自由がある。そこではさまざまのことがおこりつづけ、周囲でいくつもの運命がつくられ、まわりじゅうが活動していながら、しかも自分とはなんのかかわりもない。(p.95)

池澤夏樹編集の文学全集【Amazon】で読んだ。引用もそこから。

最寄りの都市がナイロビなので、植民地時代のケニアが舞台ということになる。

何で男爵夫人ともあろうお方が、わざわざヨーロッパからアフリカなんていう不毛な土地に移住したのか謎なのだけど、北方の人間は南方に魅力を感じるみたいなことが書いてあったから、アフリカには西洋人を惹きつける何かがあるのだろう。実際、ここに描かれているアフリカはなかなか興味深く、著者のまなざしもやさしくて心地いい。近所に原生林が生えていて、野生のヒョウ・猿・ライオンなどが当たり前のように闊歩し、白人と黒人、キリスト教徒とイスラム教徒が平和に共存している。文明と野生の境界が曖昧で地続きになっている世界。現代よりも当時のほうが治安が良かったのではないかと思えるほどで、パクス・ブリタニカとはこういうことなのかと感心したのだった。今のアフリカでこんな生活を送っていたら間違いなく強盗に殺されている。

猟銃事故のエピソードが印象的だった。子供が誤って散弾銃を発射して複数の友達を死傷させるのだけど、それを巡る交渉が面白い。被害者の親族が、加害者の親族に対して家畜で賠償を要求するのである。羊が40頭で、仔牛が10頭で……とかそんな感じ。これが植民地政府の司法とは独立したルールで行われていて、アフリカの部族社会は昔ながらの伝統を維持しているんだなと感心した。

あとはキクユ族とかソマリ族とか色々部族がいるなかでマサイ族だけは別格だったり、ンゴマという踊りの大会がやけに弾けていたり、アフリカならではの情景が興味深かった。『けものフレンズ』【Amazon】でお馴染みのサーヴァル・キャットも登場するが、彼女は鶏を襲う害獣として紹介されて速攻で射殺されている。

というわけで、本作を読んでアフリカを疑似体験できたのが収穫だった。自分では住みたいとは思わないからこそ、こういう滞在記は貴重なんだと思う。