海外文学読書録

書評と感想

さいとう・たかを『ゴルゴ13 1巻~5巻』(1973-1974)

「ビッグ・セイフ作戦」、「デロスの咆哮」、「バラと狼の倒錯」、「色あせた紋章」の4編。

以下、各エピソードについて。

「ビッグ・セイフ作戦」。元ナチス親衛隊隊長ベルンハルト・ミュラーがスイスに潜伏していた。彼の元には大量の偽ポンド紙幣がある。MI6がゴルゴ13ミュラーの殺害を依頼する。ミュラーの邸宅は要塞並に武装されているのだが、金庫の屋根があまり堅牢ではなく、ゴルゴ13にあっさり侵入されている。この頃のゴルゴ13は饒舌だし、依頼外のこともこなしていてサービス精神が旺盛だ。また、背後に立った相手に殴りかかるのもこの回から既にある。売春婦をグーパンチで殴りつけるところが面白い。1968年11月。

「デロスの咆哮」。フランス国防相の妻と息子はナチスに囚われて行方不明になっていた。そんななか、24年ぶりに2人は姿を現す。ところが、これは東側の陰謀で……。「ビッグ・セイフ作戦」もそうだったが、状況を説明するセリフが多すぎる。ページによってはセリフがびっちりだからきつい。現代の漫画に比べるとこなれてない感じがする。それはともかく、この回はゴルゴ13が窮地に陥っていて意外だった。敵に捕まった彼はメスカリンの入った飲み物を飲まされている。脱出する際は女に助けてもらっているのだから運が良かった。そして、ラストの一騎打ちが格好いい。薬莢が転がるラスト一コマの余韻。1968年12月。

「バラと狼の倒錯」。スペインの富豪の娘が「黄色いバラ」というジゴロに誑かされて行方不明になる。「黄色いバラ」の正体は誰にも分からない。ある場所に「黄色いバラ」が誑かした女たちのブルーフィルムが存在しており……。英語圏ではあれのことをUTENSILSと呼ぶのだろうか。よく分からない。ともあれ、「黄色いバラ」が男じゃないのは最初から察しがついていた。しかし、そこから一捻りあるのは意外だった。1969年1月。

「色あせた紋章」。CIAは東西のスパイ交換を隠れ蓑にしてハンガリー秘密警察長官を亡命させる手筈だった。老いの暴走というか、戦争に青春を見出すのは60年代だからこそリアリティがあるのだろう。結局、米ソ主導の世界大戦は起きてないわけで。戦時下なら活躍できるというのも幻想だと思うが、ガラガラポンに夢見る人は現代日本にもいるから深刻だ(たとえば、 「希望は、戦争。」の赤木智弘)。それにしても、東側の女スパイはいいキャラしていた。1969年2月。

 

「檻の中の眠り」「白夜は愛のうめき」「ブービートラップ」「黒い熱風」「南仏海岸(コートダジュール)」「ゴルゴin砂嵐(サンド・ストーム)」の6編。

以下、各エピソードについて。

「檻の中の眠り」。脱獄不可能と言われた刑務所「パンドラの島」は絶海の孤島だった。そこにゴルゴ13が収監される。彼は看守たちに暴力を振るって死刑囚の房に入る。遠からず死ぬ身なのにわざわざ脱獄させて殺すなんてコスパが悪すぎる。ザラスからしたら希望が一気に潰えた。パンドラの箱に希望は残っていなかったのだ。それにしても、脱獄不可能な刑務所をあんな風に脱獄するのもすごい。ゴルゴ13に出来ないことはないのか。1969年3月。

「白夜は愛のうめき」。女と偶然顔を合わせた男はゴルゴ13。2人は飛行機で隣の席に座る。ところが、その飛行機は事故で胴体着陸することになった。哀愁漂う殺し屋ストーリーだった。ゴルゴ13も相手に情が湧いていたようだが、仕事を目撃されたとあっては始末せざるを得ない。一方、女はこの先生きていても仕方がないといった心情で、これはある意味自殺のようなものである。それにしても、ゴルゴ13は売春婦には金を払ったのにこの女には払ってない。そこが彼なりの敬意だったのだろう。1969年4月。

ブービートラップ」。ストライキで死んだパリ。ゴルゴ13の口封じのために多数の刺客が送り込まれてくる。2巻に入って話がシンプルになった。1巻にあったような説明セリフが少ない。この回も銃撃戦ばかりでなかなか痛快だ。そしてもっとも印象的だったのが序盤、理由の説明を渋る依頼人に対し、「おれが生きながらえてきたのは……/片道通行をやめてスポンサーといつも往復通行にしてきたからだ!!」とゴルゴ13が返すところ。プロの風格が漂っていて格好いい。1969年5月。

「黒い熱風」。ガボン共和国。革命評議会の指導者を射殺した容疑でゴルゴ13が銃殺刑に処されようとしていた。ところが、刑の執行直前にストップが入る。どうやら事件には入り組んだ背景があるようだった。策士策に溺れるみたいな話で面白かった。確かにあのままゴルゴ13に任せておけば拗れずに済んだ。そして、この回はゴルゴ13のカマかけが面白い。さすがに自慢のテクニックでも聞き出せなかったようで。1969年5月。

「南仏海岸(コートダジュール)」。スイス銀行から殺しの依頼を受けたゴルゴ13だったが、ターゲットが何者かに殺害される。殺ったのは盲目の男イクシオンだった。これって『座頭市』をモデルにしているのでは。盲導犬を連れているところが現代劇らしい。最後の一騎打ちも工夫が見られた。1969年6月。

「ゴルゴin砂嵐(サンド・ストーム)」。アラブ諸国イスラエルの包囲を強めて一触即発の状況になっていた。イスラエルに雇われたゴルゴ13が、アラブ側の背後にいるソ連の技術将校たちを始末することになる。その際、現場にはやり手の女諜報員が同行することになり……。第三次中東戦争を背景にしている。ユダヤ人の顔が全然ユダヤ人に見えなくて困惑した。これなら浦沢直樹のほうが上手いのではないか。そして、女諜報員が優秀すぎてすごいのだが、彼女も見た目では何人なのか分からない。劇画というよりは漫画の顔をしている。1969年6月。

 

駅馬車の通った町」、「狙撃のGT」、「メランコリー・夏(サマー)」、「猟官バニングス」、「ベイルートVIA」、「最後の間諜―虫(インセクト)―」の6編。

以下、各エピソードについて。

駅馬車の通った町」。ネバダ州の小さな町が無法者に占拠される。列車を待っていたゴルゴ13もそれに巻き込まれた。無法者たちはゴルゴ13にちょっかいをかける。20世紀に西部劇をやっていて面白かった。本当に強い男はぎりぎりまで何もしない。プロフェッショナルの片鱗を覗かせつつ事態を静観してやり過ごす。そして時が来たとき、それまで封印していた暴力性を解き放つのだ。1969年7月。

「狙撃のGT」。中国の大物スパイが西側に亡命した。彼を保護しているCIAは、鉄道で彼をウィーンからスイスへ移送することに。中国統一戦線工作部がゴルゴ13を雇う。普段はスタンドプレイのゴルゴ13がチームプレイをしている。しかも、その作戦は超高難易度だった。この回は『ルパン三世』っぽいかもしれない。ゴルゴ13の狙撃を中心に息の合ったチームワークを堪能できる。それにしても、ゴルゴ13は金さえ積まれれば西側だろうが東側だろうが構わず仕事を引き受けるのだからすごい。東西を超越しているところが彼をプロたらしめている。ちなみに、当時の中国は文化大革命の真っ最中だったようで。1969年8月。

「メランコリー・夏(サマー)」。元イギリス外務省の高官は亡命してKGBに保護されていたが、彼は何らかの理由でソ連を追放される。MI6は彼の抹殺をゴルゴ13に依頼した。ゴルゴ13マルタ島である女を見張ることに。エモい話だった。形だけの結婚かと思いきや実は愛していたという。そもそも女のほうがあれだけ愛しているのだから、男のほうも愛していると見るのが妥当だろう。ゴルゴ13は男女の機微も見抜くのだ。それにしても、あの女はこれからも地元民に虐げられて生きていくのだろうか。だとしたら悲しすぎる。1969年8月。

猟官バニングス」。国際刑事警察機構ゴルゴ13を逮捕するために囮作戦をすることになった。それに反対したバニングスは辞職して単独でゴルゴ13を捕まえに行く。バニングスが銭形警部みたいで面白い。銭形が誰よりもルパンのことを知っているように、バニングスは誰よりもゴルゴ13のことを知っていた。この回はラストが興味深い。ゴルゴ13は意外と相手に敬意を払うところがあって、故人の意思を尊重した措置を取っている。1969年9月。

ベイルートVIA」。ベイルートパレスチナ・ゲリラを排除するため、米・英・仏・ソの諜報機関が協力する。ところが、全員が納得するいい案が浮かばない。そこへ修道女がゴルゴ13への依頼を提案する。ターゲットの懐に潜り込むためにわざと狙撃されるゴルゴ13。体を張りすぎだろう。一歩間違えたら死んでいたかもしれないのに。そして、負傷しても仕事をやり遂げるのだからさすがだ。1969年11月。

「最後の間諜 ―虫(インセクト)―」。「ベイルートVIA」の続編。スイス銀行を訪れたゴルゴ13だったが金庫室に罠が仕掛けられていた。指示したのは虫(インセクト)という謎のスパイだという。相手が高齢のユダヤ人ということで、ナチスを再現する大掛かりな作戦だった。ゴルゴ13を消そうとする連中は多いが、みんな失敗しているので放っておけばいいと思う。まあ、殺しの世界は依頼主が裏切ってなんぼのところがあるけど。それがお約束。1969年12月。

 

「査察シースルー」、「WHO!?」、「価値なき値」、「魔笛のシュツカ」の4編。

以下、各エピソードについて。

「査察シースルー」。ソ連の怪物外交官が国連理事会でアメリカの機密を暴露しようとしていた。CIAが外交官の暗殺をゴルゴ13に依頼する。濡れ場を背景にしつつ状況説明を入れるところが面白かった。これぞ劇画という感じ。超音波発生機のくだりはたぶんオーバーテクノロジーだろう。そして、クライマックスは銃撃によってメッセージを伝えている。プロはこれだけで以心伝心して身を引くのだ。その判断力はさすが怪物外交官である。1970年3月。

「WHO!?」。大富豪の妻ナンシーはかつて殺し屋ダッシュの情婦だった。ダッシュはナンシーの証言によって死刑になったはずだが、ナンシーの周辺に生きた痕跡が現れる。ナンシーは私立探偵を頼ることに。プロはプロを見抜くというが、実はそれが誘い受けだったのが面白い。それにしても、ナンシーはどうなったのだろうか。身の回りの物が消えているということは生きてる? 1969年10月。

「価値なき値」。アメリカ。毒素兵器の研究を進めていた博士が何者かに殺された。CIAはゴルゴ13に毒素兵器の廃棄を依頼する。ところが、ゴルゴ13の前に敵が立ちはだかってきて……。三つ巴の攻防になっていたが、ゴルゴ13がちゃんと任務を達成した。インディアン勢は工作員勢に比べると素人臭くて憎めない。思わず応援してしまう。そして、ブーメランという名の装甲車がすごい。女の色仕掛けも健在でいつもの『ゴルゴ13』だった。1970年5月。

魔笛のシュツカ」。かつてナチス突撃隊で暗殺を担当していた老人。彼の元にネオナチから殺人の依頼が来る。一方、ゴルゴ13も同じ相手をターゲットにしていた。老人は隠居していたからゴルゴ13のことを知らなかったのか。で、肝心の殺害場面。老人は子供に危害を加えるのを懸念して射撃を躊躇ったのに、ゴルゴ13はあっさり狙撃して成功させている。そして、ラストの一騎打ちはもはやお約束だろう。狼と狼が出会ったら戦わなければならない。目を見ただけでお互いプロだと見抜くハードさがいい。そして、この回でも女の色仕掛けが出てくる。1970年6月。

 

「帰ってきた標的(ターゲット)」、「殺意の交差」、「白の死線」、「スタジアムに血を流して」、「飢餓共和国」の5編。

以下、各エピソードについて。

「帰ってきた標的(ターゲット)」。アメリカ麻薬界の帝王がFBIに出頭しようとしていた。それを快く思わない部下がゴルゴ13に帝王の殺害を依頼する。本物と替え玉が互い違いに殺されるのはありがちだが、最終的にみんなゴルゴ13が殺していて美しい構造をしている。売春婦がヒモを殺した3発の銃弾も良かった。3発目は苦しませないための愛なのだから気が利いている。そして、凄腕の暗殺者はゴルゴ13が凄腕と認めているわりにあっさり射殺されていた。殺しは一瞬の勝負。1970年8月。

「殺意の交差」。ジムでウエイトトレーニングをしていたゴルゴ13に男が寄ってきて殺しを依頼してくる。ところが……。仕事が終わった後に背後で爆発、ゴルゴ13が驚いた表情をしている。凄腕の殺し屋も全能の神ではないということか。人間だから全てを見通すことはできない。巻き込まれなかっただけでも御の字である。1969年10月。

「白の死線(デッドライン)」。暗殺を実行したゴルゴ13だったが、依頼主の裏切りに遭って雪山に逃げ込むことになる。山小屋には遭難した女が身を寄せていた。ゴルゴ13って仕事とは無関係な行きずりの女にはやさしいからびっくりする。この回ではビバーク中に眠りかけた女をちゃんと起こしているし。そして、無事生還したゴルゴ13が依頼主にけじめをつけさせるところが良かった。1969年11月。

「スタジアムに血を流して」。暗黒街の大物がゴルゴ13のターゲットになっていた。彼の愛人がゴルゴ13を殺しに行くも返り討ちに遭う。一方、愛人には弟がいて彼は凄腕のガンマンだった。弟がゴルゴ13に復讐を挑む。ゴルゴ13が背後を取られているのだから驚きだ。さすがに決闘だと負けないが。とはいえ、勝ったゴルゴ13も右腕を負傷するのだから弟は強かった。それにしても、抱いたばかりの女でも容赦なく殺すゴルゴ13には痺れる。1969年11月。

「飢餓共和国」。イボ族の国・ビアフラ共和国がナイジェリアに対して独立を宣言した。ところが、500万人のイボ族は追い詰められて飢餓状態に陥る。ゴルゴ13が行きがかりにイボ族の依頼を受ける。政治家の麻生太郎は『ゴルゴ13』で世界情勢を勉強しているそうだが、このエピソードは確かに勉強になる。僕の場合、ビアフラ戦争のことはチママンダ・ンゴズィ・アディーチェの小説で知ったが、フィクションは時に自分の知らない世界を教えてくれる。昔はインターネットがなかったから尚更だろう。麻生太郎のこともバカにはできない。1970年9月。