海外文学読書録

書評と感想

アキ・カウリスマキ『コントラクト・キラー』(1990/フィンランド=スウェーデン)

★★★

ロンドン。水道局で働くアンリ(ジャン=ピエール・レオ)だったが、民営化に伴って解雇されることになった。理由は彼が外国人(フランス人)だから。人生に絶望したアンリは自殺未遂をする。結局死ねなかったのでギャングに自分の殺害を依頼した。ところが、酒場で花売りのマーガレット(マージ・クラーク)と出会ったアンリは生きる希望が湧いて死にたくなくなる。アンリの元に殺し屋(ケネス・コリー)が迫っていて……。

ありがちな話を独特のセンスで再構築するところは流石だった。こういうとき作家性の強い監督は得だ。何を題材にしてもその監督の映画になってしまう。

映画の登場人物には過去がないことに気づいた。アンリはフランスからの移民だけど、彼がフランス時代に何をやっていたのかは明かされない。移民した理由を問われた際には、「みなに嫌われたから」と答えている。しかし、どのようにして嫌われたかのか、具体的なエピソードは謎のままだった。観客に分かるのはロンドンにいる彼が孤独なことくらいである。職場では周囲に馴染めなかったし、マーガレットと出会うまでは友達すらいなかった。たかだか解雇されたくらいで自殺とは大袈裟に思えるが、根底に孤独があるから絶望したのだろう。異邦人の彼にはこの先生きていく希望がなかった。アンリの造形からは孤独な移民の悲しみが見て取れる。

アンリと殺し屋の対照的な関係も面白い。アンリは死にたくても死ねなかった。一時はギャングに自分の殺しを依頼するほど追い詰められたものの、マーガレットと出会うことで立ち直った。彼は救われたのである。一方、殺し屋は癌で余命幾ばくもない。自分のことを負け犬だと思っており、人生はくだらんと厭世的になっている。そんな彼はアンリの前で自殺するのだった。

その後、アンリはタクシーに轢かれそうになるも間一髪助かっている。アンリは死ぬ運命になかったのだ。自殺が未遂で済んだのも運命なら、マーガレットと出会ったのも運命。そして、殺し屋に見逃してもらえたのも、タクシーに轢かれなかったのも運命だった。アンリは自分が思っているほど悪い人生ではない。ぎりぎりのところで幸運に恵まれている。全編を通してそのことが確認されていた。

面白かったシーン。アンリが酒場に入ったら、それまで騒いでいた客たちが一斉に沈黙してまじまじと見つめてくる。その際、音楽も止まっていた。これはユーモラスだし、アンリがよそ者であることをひと目で分からせている。もうひとつ。ジョー・ストラマーが酒場で演奏してるシーン。いつも通り古いテレキャスを使っていた。

マーガレット役のマージ・クラークは色が抜けるくらいのブロンドで、赤いバスローブ姿がよく似合っている。マーガレットは花売りで生計を立てていた。90年代にこんな職業が成立していたのだろうか。まあ、それも含めておとぎ話なのだろう。