海外文学読書録

書評と感想

クシシュトフ・キェシロフスキ『トリコロール/青の愛』(1993/仏=ポーランド=ルーマニア)

★★★

ジュリー(ジュリエット・ビノシュ)が夫と娘を交通事故で亡くす。夫は高名な作曲家だった。ジュリーは郊外の家と家財道具を売り払い、夫の遺品である未完の楽譜も捨ててしまう。その楽譜は欧州統合のために作曲された協奏曲だった。アパートに引っ越したジュリーは当初人と関わらなかったが、段々と心を開いていく。一方、夫の仕事仲間だったオリヴィエ(ブノワ・レジャン)が 未完の楽譜のコピーを元に曲を完成させようとしている。また、夫は生前若い女(フロランス・ぺルネル)と不倫しており……。

音楽がひたすら邪魔だったが、意図的に青くした映像は好きかもしれない。北野ブルーならぬトリコロールブルー。特に夜中のプールの映像が良かった。

愛する存在を失った女のグリーフワークを描いている。交通事故で夫と娘を失った。そういうときは人を遠ざけたくもなるし、一方で寂しさもあるから自分を好いている男と一夜を共にしたくもなる。まさにアンビバレントだ。そして、アパートに引っ越した当初は孤独に暮らしていたが、住人たちの迷惑に巻き込まれるような形で心を開いていく。こういったプロセスを捉えるのは本当に上手い。ジュリーは不動産屋の顔の傷に目配りするようになったし、老人ホームにいる母(エマニュエル・リヴァ)を訪れることもした。他人に関心を抱くようになったのだ。この辺のエピソードで印象的なのが、自室でネズミが小ネズミを出産しているのを見つけたエピソード。ジュリーは隣人からネコを借りて始末している。見ているほうとしては夫や娘の「死」が脳裏をよぎるが、そんなことお構いなしに始末している。こういった残酷さを見せつけてくるあたり一筋縄ではいかない。人間と害獣は別物ということだろう。「生」と「死」を捻った形で見せるところが良かった。

生前の夫は不倫していた。それだけならまだいい。女は夫の子を身籠っていたのだ。普通なら修羅場になるところだけど、ジュリーは一切咎めず、それどころか女に屋敷を継がせようとしている。この寛容さは愛である。最も尊いのは愛。夫の曲でもそう歌われている。こういった愛に至ったのも、グリーフワークを終えて自由になれたからだろう。もう夫には縛られない。自分は家族の死を受け入れて前に進む。余裕ができて物事と適切な距離を置けるようになった。オリヴィエの作曲を手伝うようになったのもその表れで、ジュリーは楽譜を通して夫と向き合うことになる。

それにしても、ジュリーとは何者なのだろう? 分かっているのは彼女が作曲家の妻であり、内向的な夫のメンターになっていたことだ。また、あるジャーナリスト(エレーヌ・ヴァンサン)は夫の曲はジュリーが書いていたのではないかと疑っている。実際、彼女は作曲ができるようだ。オリヴィエの作曲を手伝った際、これはジュリーの作品として発表すべきだ、みたいなことを言われている。本当は彼女こそが高名な作曲家だったのではないか。いずれにせよ、ジュリーが何者なのかは謎のままである。