海外文学読書録

書評と感想

エミール・ゾラ『オリヴィエ・ベカイユの死/呪われた家 ゾラ傑作短篇集』(1876,1878,1879,1880,1899)

★★★★★

日本オリジナル編集の短編集。「オリヴィエ・ベカイユの死」、「ナンタス」、「呪われた家――アンジュリーヌ」、「シャーブル氏の貝」、「スルディス婦人」の5編。

再びあたりが静かになったとき、僕はこの悪夢がまだずっと続くのだろうかと思った。僕は生きていた。自分の外で起きていることがなんでも残らず感知できるのだから。そこで僕は自分の体が正確にどういう状態にあるのか考え始めた。これはきっと強硬症というやつに違いない。以前そんな話を聞いたことがある。僕は子どものときから、例のひどい神経性の病気にやられていたので、何時間も失神してしまうことがあった。間違いなく、僕が死人のように硬直してしまっているのは、そしてまわりの人たちに死んだと思われてしまっているのは、この種の発作を起こしているからだ。そのうちまた心臓も鼓動を打ち始め、血液も循環し、筋肉の緊張も解けるに違いない。そうして僕は目を覚まし、マルグリットを慰めるのだ。そう考えて、僕は辛抱強く自分を勇気づけた。(Kindleの位置No.211-218)

早すぎた埋葬やコキュ(寝取られ男)、芸術家小説など、当世的なテーマを扱いながらもすべて最高レベルの小説に仕上げている。これは素晴らしかった。

以下、各短編について。

「オリヴィエ・ベカイユの死」。3日間病気で寝込んだ末、語り手の「僕」が死ぬ。ところが、意識は明瞭で周りで起きていることを知覚できていた。「僕」は生きたまま土に埋められるのを恐れている。そうこうしているうちに棺に入れられ……。「早すぎた埋葬」を描いた短編。19世紀にはこの手の小説が流行っていたらしい。死んだ人間が蘇ってもろくなことはなくて、愛する妻は隣人に取られてしまった。「僕」は一度死ぬことによって人生の真実を知る。途中まではあれだけ死の恐怖に取り憑かれていたのに、ラストではそれを克服しているのだからすごい。まさに死と再生の物語だ。

「ナンタス」。飽くなき野心と力への信仰を持ったナンタスは田舎からパリに出てくる。しかし、そこでの成功はおぼつかなかった。そんな矢先、見知らぬ老嬢からある提案をされる。金持ちの令嬢と結婚してほしいというのだ。令嬢は妊娠しており、ナンタスに父親として認知してもらいたいのだという。ナンタスはその話を引き受ける。現代人からすると、この時代は愛への信仰が強くてドン引きする。というのも、当初は契約結婚だったはずが、いつしか名義上の妻を愛するようになり、彼女から拒絶されることで自殺を決意するのだ。折しも事業は好調で、念願だった財務大臣にまで上り詰めたのに……。それだけ社会的地位が高ければ女なんて選びたい放題だと思うけど、ナンタスは妻に一途な愛を向けている。愛とは条理を超えたものということか。本作は19世紀の価値観が分かって興味深い。

「呪われた家――アンジュリーヌ」。荒れ屋敷に興味を抱いた「私」は屋敷にまつわる逸話を知る。第二帝政期、そこには一家が住んでいたが、娘のアンジュリーヌが継母に殺されたという。言い伝えというのも案外いい加減なもので、後に最初の説とは違った異説を聞かされる。おまけに時は近代的合理主義の時代。呪われた家といえども幽霊なんて出てこないのだ。死んだアンジュリーヌの幻影が生きたアンジュリーヌに引き継がれるラストが素晴らしい。

「シャーブル氏の貝」。元穀物商人のシャーブル氏は家柄のいい若い女エステルを娶ったものの、2人は子供に恵まれなかった。医者から「貝を食べるといい」とアドバイスされたシャーブル氏は、妻と一緒に海水浴に行く。そこで妻は現地のエクトール青年といい感じになり……。フランス文学伝統のコキュ(寝取られ男)を扱っている。本作で面白いのはシャーブル氏に死の予感がよぎるところだろう。というのも、一瞬とはいえエクトールに生殺与奪の権を握られてしまうのだ。結果的には助かるのだけど、読んでいるうちはなかなかスリリングである。また、コキュというのは例外なく滑稽だ。いくら金持ちでも老年である以上、若い肉体には敵わない。シャーブル氏は男性としての魅力でエクトールに負けている。この辺も残酷だった。海辺が似合うのはいつだって若い男女なのだ。

「スルディス婦人」。フェルディナン・スルディスは学校で自習監督をしながらプライベートでは油絵を描いていた。その芸術性を有名な画家レヌカンに認められる。やがて画材店の娘アデルがフェルディナンの絵を模写することに。彼女の複製画がオリジナルよりも評判を得る。アデルはフェルディナンにある取引を持ちかけるのだった。芸術家小説である。フェルディナンとアデルの関係が変遷する様子を絵画制作と絡めて語っていく。代作や共同制作って芸術ではよくある話なのだろう。小説だと、たとえば川端康成はよく代作させていたし、エラリー・クイーンフレデリック・ダネイとマンフレッド・ベニントン・リーによる共同制作である。荒々しい才能のフェルディナンと繊細な技巧を持つアデル。後者が前者を侵食し、遂には覆してしまうところがたまらない。