海外文学読書録

書評と感想

デヴィッド・リンチ『ブルーベルベット』(1986/米)

★★

大学を休学したジェフリー(カイル・マクラクラン)がランバートンに帰郷する。彼は野原で人間の耳を見つけた。刑事の娘サンディ(ローラ・ダーン)と知り合ったジェフリーは、ドロシー(イザベラ・ロッセリーニ)というクラブ歌手が事件に関係していることを聞かされる。ドロシーの家に忍び込み、クローゼットに隠れるジェフリー。屋内でドロシーとフランク(デニス・ホッパー)なる男が倒錯的な性行為を始めた。ジェフリーはその一部始終を目撃する。

過渡期の作品のせいか、幻想的な要素が全然なくて拍子抜けした。フィルモグラフィーを見ると、デヴィッド・リンチはテレビドラマ『ツイン・ピークス』で一皮剥けたようである。その後、『ロスト・ハイウェイ 』で頂点を極めた。デヴィッド・リンチの作品は辻褄が合わないほうが面白い。

謎があって探偵役がいればそれだけでドラマになる。ミステリの枠組みは強い。表の世界で学生をしていたジェフリーが、探偵行為をすることで裏の世界に入り込む。「好奇心は猫を殺す」とはよく言ったもので、ジェフリーも耳を刑事に届けた段階で身を引いていれば無事だった。彼は終盤、「あとは警察の仕事だ」とつぶやくが、いくら何でも気づくのが遅すぎだろう。探偵とは好奇心の塊であり、覗きのスペシャリストである。観客を異世界に誘うナビゲーターとしてすこぶる優秀だ。だからミステリの枠組みは強い。探偵役が動き回ることで、我々は事件の推移に引き込まれていく。

フランク役のデニス・ホッパーが奇怪な人物を演じていて、おいしいところはほとんど彼が持っていった。テンションが高く、神経症的であり、倒錯した性癖を持っている。こういう人物が力を持っていると怖い。何をするか分からないから。突然変な言動に走るため内面を推し量ることができないのだ。フランクは不安定な自我の持ち主である。デニス・ホッパーはそういう奇怪な役を上手く演じていた。

とはいえ、ドロシーの部屋から出てきたジェフリーを車で連れ回すシークエンスは不徹底で、フランクだったらジェフリーのことを殺していたのではないか。それを半殺しに止めているのが不可解である。ジェフリーを生存させるに当たってあまりいい案が思い浮かばなかったのではないか。さらに、サンディの彼氏が仲間を連れて車で追いかけてきた際も、「そこで立ち去るか?」といった感じで退場させている。両者に共通しているのは危機からの脱出。どちらもロジックの組み方が甘かった。

事件を通して男女が結ばれるところも古典的で、本作は探偵小説の文法に忠実だった。小説だったらアガサ・クリスティー、映画だったらアルフレッド・ヒッチコックを連想させる。デヴィッド・リンチにしては凡庸な作品だった。