海外文学読書録

書評と感想

デヴィッド・リンチ『ロスト・ハイウェイ』(1997/米=仏)

★★★★

サックス奏者のフレッド(ビル・プルマン)が、「ディック・ロラントは死んだ」という声をインターホンで聞く。翌朝、妻のレネエ(パトリシア・アークエット)が玄関先でビデオテープの入った封筒を拾った。そこには自宅の様子が映されている。その後、パーティーで白塗りの顔をした謎の男(ロバート・ブレイク)が現れ……。

野放図なことをやっていると思わせつつ、きっちりメビウスの輪のような円環構造に収めているところが良かった。デヴィッド・リンチって幻想的な作風も去ることながら、何より全体の構想がしっかりしていて、それゆえに見終わった後は一定のカタルシスがある。意味不明な細部とのバランスがいい。

アイデンティティの融解を映像で表現するとこうなるのか、という驚きがある。たとえば、小説の場合は文字ですべてを表現しているから、登場人物の固有性はあくまで言語上のものであり、ヴィジュアル的には何も示されない。極端な話、文章でいくらでも誤魔化すことができる。ところが、映画だと視覚的に表現しないといけないから、問答無用で観客に固有性が示される。見た目が違ったら、あるいは演じる俳優が違ったら、それは特段の事情がない限り別人と判断するわけだ。けれども、本作はそういったルールを逆手にとってアイデンティティの融解をやってのけているのだから驚く。ヴィジュアルで示されているからこそ印象が強烈なのだ。映画とは外側からカメラで映すことで成り立っているから、こういった内的な世界を描くと予想以上に野放図になる。そこが刺激的で面白かった。

超常的な力が理不尽に介入してくることで、その人物の抱える欲望が炙り出される。振り返ってみれば、本作はセックスを巡る悪夢としか言いようがない。人の無意識を外側から描くとこうなるのではないか。それくらい理屈に合わない出来事がてんこ盛りになっている。どこまでが現実でどこからが虚構なのか分からない。すべてが現実と言える手触りがあるし、すべてが虚構とも言える不確かさがある。いずれにせよ、別物と思われたエピソードが最終的に繋がるところはポイントが高い。最後まで観て良かったと思わせる。

グラマラスなアリス(パトリシア・アークエット)は典型的なファム・ファタールで、アメリカ人の男は皆こういう女に騙されたがっているのかもしれない。