海外文学読書録

書評と感想

『岸辺露伴は動かない』(2020-2022)

★★★★

人気漫画家の岸辺露伴(高橋一生)は他人を本にしてその人生を読み、またページに書き込むことで命令を下す特殊な能力を持っている。彼は普段、担当編集者の泉京香(飯豊まりえ)と仕事をしているが、色々と不思議な体験をするのだった。「富豪村」、「くしゃがら」、「D・N・A」、「ザ・ラン」、「背中の正面」、「六壁坂」、「ホットサマー・マーサ」、「ジャンケン小僧」の8話。

現時点で全8話。

原作は荒木飛呂彦の同名漫画【Amazon】。

漫画の世界観を実写に上手く移し替えていて面白かった。とにかく主演の高橋一生がはまり役である。漫画の岸辺露伴は狷介にして厄介な人物だが、実写化によっていくぶんマイルドになっていて、親しみの持てる奇人みたいになっている。漫画を忠実に再現しているというよりは、実写に合わせて血肉を通わせたような感じだ。妙なストレッチをしたり、決然とした声音で話したり、戯画化の度合いが絶妙で見ていて違和感がない。本作の高橋一生は、『シャーロック・ホームズの冒険』のジェレミー・ブレットや『名探偵ポワロ』のデヴィッド・スーシェに匹敵するほどのはまり役である。彼以外に岸辺露伴役は考えられない。正直、今まで漫画の実写化には懐疑的というか、原作人気にあやかった駄作だろうと決めつけていた。ところが、本作はそれを見事に覆してくれた。『ジョジョ』好きで良かったとこのときほど思ったことはない。特に第4部を読んでいなかったら本作の工夫は分からなかっただろう。漫画の解釈としてほぼ完璧だと言える。

物語は伝奇要素が強く、異界の存在が強く意識される。坂はこの世と異界の境目だし、辻も異界の入口として機能している。神や妖怪の存在がほのめかされる世界観。この設定は極めてドメスティックだ。各回のゲストはそういった境目で特異な能力を身に着けてくる。そして、岸辺露伴と対峙することになる。だいたいは好奇心の強い岸辺露伴が怪異に取り憑かれた人間と関わっていくことになるが、その対処は命懸けである。能力を駆使しつつ、彼自身の機知でどうにかしていく。いかにして降って湧いた危機を切り抜けるか。そのドラマはとてもスリリングだ。

本作は何かに執着する人間の異常性に着目している。たとえば、「富豪村」はマナー、「くしゃがら」は禁止用語、「ザ・ラン」は走ること。「背中の正面」は背中を見られないこと、「ジャンケン小僧」はじゃんけんをすること。こだわりの強さが高じてホラーの領域にまで達している。そもそも岸辺露伴自体、漫画を描くことに異常なこだわりがあった。彼は漫画のリアリティにこだわっており、そのためならどんな犠牲も厭わない。2期では破産までして広大な山林を購入していたし、「ホットサマー・マーサ」ではキャラクターのデザインに異様な執着を見せていた。岸辺露伴のこだわりは異常性を感じつつもまだ健全である。一方、怪異に取り憑かれた者たちのこだわりは病的で害がある。その対比が面白い。

「背中の正面」では高橋一生と市川猿之助が奇妙なポーズを取らされている。相手に背中を見せないために軟体動物的な体位を駆使しているのだ。こんな漫画みたいなことを実写でやっているのだから可笑しい。また、この回は『ジョジョ』第4部が原作なのだが、ドラマにはスタンドという概念がないため、市川猿之助が高橋一生の背中に取り憑くという演出がなされている。ここも重労働で思わずニヤけてしまった。漫画の世界観を実写に上手く移し替えた好例である。

「くしゃがら」では森山未來が怪演を見せていて、高橋一生に負けず劣らずの濃いキャラクターになっている。特に2人の掛け合いは至高の域に達しているので必見。奇妙な人物のフリークショーを堪能した。