海外文学読書録

書評と感想

ミケランジェロ・アントニオーニ『情事』(1960/伊=仏)

情事(1960)(字幕版)

情事(1960)(字幕版)

  • ガブリエル・フェルゼッティ
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★★★

外交官の娘アンナ(レア・マッサリ)が恋人サンドロ(ガブリエル・フェルゼッティ)と友人クラウディア(モニカ・ヴィッティ)と共にヨット旅行に出る。アンナとサンドロの仲は今や微妙なものになっていた。無人島に上陸した一行だったが、そこでアンナが消えてしまう。捜索するサンドロとクラウディア。アンナはいつまで経っても見つからない。やがてサンドロとクラウディアは惹かれていき……。

失踪人探しで話を進めていくが当然ミステリではなく、残された男女の機微を描いている。アンナがどうやって消えたのかはまったくの謎だ。何もない無人島だからおそらく海に落ちたのだろう。しかし、手掛かりが一切出てこない。自殺か事故かも分からない。突然消えたことがサンドロとクラウディアにとって喉に刺さった魚の小骨になっている。もしかしたらどこかで生きているかもしれない。懇ろになった2人はそのような恐れを抱いている。

サンドロは気持ちの切り替えが早く、恋人が失踪して3日目にはクラウディアに言い寄っている。まだ3日目だから生きている望みはあるし、仮になかったとしても別れを噛みしめる期間だと思うが、サンドロには世間体もへったくれもなかった。こいつは女だったら誰もいいのではないか。寂しさを埋めてくれる相手としてクラウディアを選んだのではないか。そういう懸念が頭をもたげてくる。サンドロの態度は率直に言って不気味だ。この不気味さは終盤まで尾を引いていて、クラウディアと相思相愛になったサンドロは、パーティーで出会った女と性的関係を結ぼうとしている。クラウディアをものにしたと思ったらこれである。いくら何でも欲望に忠実すぎるのではなかろうか。サンドロの自制心のなさに驚く。

サンドロにとってクラウディアは恋人の友人であり、クラウディアにとってサンドロは友人の恋人である。その三角関係から中間人物がすっぽり抜けてしまった。サンドロとクラウディアが恋仲になるのは背徳感が半端ないはずだが、どうやらそれを感じているのはクラウディアだけのようである。彼女には間違いなく葛藤があった。そして、その葛藤を抱えつつもサンドロの求愛を受け入れている。サイコパスのようなサンドロに比べると、クラウディアのほうが格段にまっとうだ。人間らしい羞恥心を持っているのだから。ところがラスト、サンドロはクラウディアの前で涙を流す。それはクラウディアに他の女との醜態を見られたからだった。彼は自分の弱さを情けなく思って泣いたのである。サンドロにも人間らしいところがあったのだ。彼は男性としてのディシプリンに欠けた人物であり、ラストでそれを恥じている。僕はそこに感動したのだった。

印象に残っているシーンは3つ。まずは絵描きの少年と女がイチャイチャするシーン。2人はクラウディアの前で躊躇いなくキスしている。クラウディアは付き合いきれないという感じで部屋から出ていった。全体とあまり関係のないシーンなので印象に残っている。また、建物に入ったサンドロをクラウディアが外で待つシーンも面白い。周囲に男がたくさんいてガン見してくる。こういう場合、普通は無関心を装わないだろうか。男たちの遠慮のない視線がたまらなかった。そして、最後はサンドロが描きかけの絵にインクをぶちまけるシーン。怒った青年を逆に諭して難事を免れている。中年男性の老獪さにしびれてしまった。