海外文学読書録

書評と感想

庵野秀明『シン・仮面ライダー』(2023/日)

★★

本郷猛(池松壮亮)が謎の組織SHOCKERに改造される。彼はプラーナの力で仮面ライダーに変身できるようになった。本郷は組織を裏切った緑川ルリ子(浜辺美波)と行動を共にし、SHOCKER排除のために暴力を行使する。やがて二人の前に一文字隼人(柄本佑)が登場。彼もまた仮面ライダーに変身するのだった。

だるい映画だったが、暴力描写がタランティーノっぽいところは良かった。蹴ったり殴ったりしたら血飛沫が飛んでいるし、生身の暴力で簡単に人が死んでいる。改造人間を暴力装置として捉え、人を守るにはこれくらい強い力が必要だと訴えているのだ。暴力には暴力で対抗するしかないという世界観は、仮面ライダーほか特撮もの全般に通底している。女児向けアニメのプリキュアだってそうだ。正しい者に行使される正しい暴力。悪の暴走を止めるカウンターとしての暴力。まず最初に悪い暴力があり、その次に良い暴力がある。それが正義なのである。

とはいえ、たとえ正義が行使する暴力でも暴力はえげつない。血飛沫が飛んで人が死ぬのだから。誰が行使しても暴力が持つ暴力性は変わらないのだ。専守防衛を謳っている自衛隊もそうである。2014年に『GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』【Amazon】というアニメが放送された。自衛隊異世界に入り、圧倒的な軍事力で「正義」を遂行するアニメである。しかし、そこで行使される暴力はえげつなかった。敵は古代ローマレベルの軍事力しかないのに、自衛隊は近代兵器を駆使して虐殺を繰り広げているのである。殴られたら百倍にして殴り返す。それが自衛隊の流儀なのだ。たとえ平和が名目でも、暴力が持つ暴力性は変わらない。暴力装置は軽々しく用いてはならないものだと思い知らされる。

SHOCKERが悪の秘密結社ではなく、人類の幸福を追求する非合法組織になっているところが面白い。ただ、その幸福の定義が変わっていて、最大多数の最大幸福ではなく、最も深い絶望を抱えた人間を救済することが目的になっている。だからやっていることがぶっ飛んでいる。良かれと思って極端な思想を推し進めた結果、人類に仇をなすことになっているのだ。たとえるなら、オウム真理教や旧統一教会のような宗教組織に近い。手前勝手な理屈で人類を救済しようとして害を及ぼしている。このSHOCKERの捻くれ具合が極めて現代的だった。

本郷猛が抱える問題は力の行使とやさしさの両立である。彼は人を守るには暴力が必要だと自覚する一方、過度の暴力には拒否反応を示すやさしさがあった。それは一介の人間としては強みであるが、正義を遂行する暴力装置としては弱みである。この二つを止揚させるのが彼の課題だった。ヒーローとして葛藤があるところが特徴になっている。

また、緑川ルリ子にはイチロー森山未來)という兄がいる。イチローはチョウオーグとなって人類滅亡計画に着手していた。ルリ子とイチローの間に横たわっているのは「他人を信じる」「信じない」の問題である。イチローは母親を殺されたせいで他人を信じなくなった。一方、ルリ子は本郷との交流で他人を信じるようになった。人を信じるかどうかが兄妹の分岐点になっている。イチローが典型的な「無敵の人」であるところが悲しみを誘う。

本郷猛と緑川ルリ子はあくまで協力関係であり、二人が恋愛関係になることはない。これって特撮もの特有の文化ではなかろうか。特撮ものではあまり恋愛が描かれない。ハリウッド映画に慣れていると、この文化が特異なものに見えてしまう。

本作は怪人のフリークショーみたいな趣になっているが、中でもサソリオーグ(長澤まさみ)のヒャッハー具合が印象的だった。長澤まさみってこんな演技もするのか、という驚きある。しかし、人間にあっさり処理されてしまったのが残念。もっと出番が見たかった。