海外文学読書録

書評と感想

舛田利雄『紅の流れ星』(1967/日)

★★★★

東京のやくざ・杉浦五郎(渡哲也)は加島組の親分を射殺、ほとぼりが冷めるまで神戸に身を隠すことになった。彼は宇須刑事(藤竜也)に目をつけられながらも尻尾を出さず、弟分の喜一(杉良太郎)や情婦のユカリ(松尾嘉代)とよろしくやっている。だが、神戸に来て一年。五郎は倦怠感を覚えていた。そんななか、東京から白川啓子(浅丘ルリ子)という美女がやってくる。また、五郎は殺し屋・沢井(宍戸錠)に命を狙われるのだった。

『赤い波止場』(石原裕次郎・主演)のセルフリメイク。

ようやく渡哲也の魅力が分かってきた。とっぽい兄ちゃんの役がよく似合っている。気の利いた言葉を饒舌に語り、やくざらしく暴力を振るっては気ままに生きている。終盤で白いスーツに白いハットを被っていたのも格好いい。本作は97分という標準的な尺ながらも見所が多かった。

港と海が見える神戸の風景がいい。五郎は埠頭の先っちょで安楽椅子に座ってゆらゆら揺れている。何もやることがなくて退屈である一方、地方都市でこういうのんびりした生活を送るのも悪くない。老後は神戸に移住してもいいと思ったくらいだ。ただし、あくまで移住するのは老後である。若くて体力のあるうちは東京での生活を存分に満喫したい。五郎の不幸は若かったことだろう。彼は神戸での潜伏生活に飽きている。海の向こうではベトナム戦争が起きているし、東京にいれば何かしら刺激的な出来事がある。翻って神戸はどうか。酒は飲めるし、女は抱けるし、ダンスホールで踊れる。しかし、それだけでは物足りない。若い五郎にとってこの生活は島流しであり、一年もの間無聊をかこっているのだ。早く東京に帰りたい。望郷の念が彼を支配している。若者にとって地方での生活は退屈なのだった。

五郎が啓子に惹かれたのは、彼女から東京の匂いがしたからだ。情婦のユカリと抱き合うのはもう飽きた。ところが、啓子とは抱き合いたいと思っている。啓子は東京を象徴しているが、当の彼女は「東京ってつまんない。見せかけばっかで」と言い放っている。東京が恋しい五郎とは正反対だ。実はこの啓子、ヒロインでありながらも五郎の対極みたいに造形されている。たとえば、五郎はユカリと別れた際、飽きたけど嫌いじゃない、みたいなことを述べている。一方、啓子は五郎を裏切った際、好きだけど一緒に暮らすのはたまらない、みたいなことを述べている。五郎のユカリに対する心境は、そのまま彼の神戸に対する心境を表している。だからユカリの後は東京の象徴たる啓子に執心した。ところが、五郎は舎弟の仇討ちのために彼女を抱かなかった。後ろ髪を引かれつつ東京を捨てたのである。最後に海外へ高飛びしようとして裏切られたのも、啓子を抱かなかった(=東京に執着しなかった)報いだろう。あのとき抱いていたら違った結末になっていたかもしれない。

組事務所での長回しは舞台みたいなアングルで決めている。また、ホテルの部屋でも引いたアングルから長回しを決めている。どちらも五郎の動きとセリフが格好いい。そして、最大の見せ場は五郎と沢井の対決だろう。動物的な激しい格闘戦ののち、五郎が静かな物腰で沢井を射殺している。動から静への移行、そして何発も弾を撃ち込む冷徹さに痺れた。