海外文学読書録

書評と感想

ジュリアン・デュヴィヴィエ『望郷』(1937/仏)

★★★

アルジェリアのカスバは迷路のように路地が入り組んでおり、様々な人種・国籍の人たちが入り乱れて暮らしていた。お尋ね者のペペ・ル・モコ(ジャン・ギャバン)は、フランス本国からカスパに逃げ込んでそこの顔役になっている。彼はイネス(リーヌ・ノロ)を情婦にしていたが、パリからやってきたギャビー(ミレーユ・バラン)に一目惚れする。一方、警察はペペを街におびき出そうと作戦を立てていた。

カスバって現在は世界遺産に登録されているらしい。九龍城砦や西成に通じる曖昧な雰囲気が良かった。先進国でまっとうな生活を送っていると、こういうアジールとは無縁なので、ちょっとだけロマンを感じてしまう。

パリっ子のペペにとってカスバは終の棲家ではないようで、移住から2年目にしてもう飽き飽きしている。情婦のイネスだって所詮はカスバの女だ。そこへパリの香りがするギャビーがやってきて一目惚れしてしまう。彼の恋心には望郷の念も含まれているのだろう。イネスが蓄音機だとすればギャビーは新型ラジオであり、パリを象徴する存在だった。結局のところ、フランスの人間にとってアルジェリアは植民地で、どこか都落ちした感覚は拭えないのだ。たとえるなら、東京から離島へ単身赴任を命じられたサラリーマンみたいなものである。ペペにとってカスバは一時の逃避先。本当はパリに帰りたい。そんな矢先、ペペの前にギャビーが現れる。そして、彼の人生は狂うことになる。

ペペはカスバにいる限りはお山の大将を気取っていられるものの、いざ街へ降りたらたちまち逮捕されてしまうので、その自由は限定的である。生き延びるにはカスバに籠城し続けるしかない。裏社会の顔役としてカスバに君臨しているとはいえ、傍から見たら気が滅入る状況だ。自由に振る舞っているようで、実はカスバという牢獄に囚われている。彼の人生はこの時点で詰んでいると言えよう。永遠にパリを思いながら異郷の地で老いさらばえる。これだったらまだ逮捕されたほうが救いになるのでは、とすら思ってしまう。

刑事のスリマンがいいキャラをしていた。名前からしておそらくアラブ系なのだろう。ペペと行動を共にしているものの、決して彼の味方ではないし、むしろ立場的には敵である。にもかかわらず、気さくに言葉をかわしている。もちろん、スリマンはいつかペペを逮捕してやろうとチャンスを伺っているわけで、2人の関係は曖昧な世界ならではの曖昧なもので微笑ましかった。

ラスト。船のデッキに上がったギャビーが見たのはカスバだった。下にいるペペには気づかない。両者の視線のずれがせつなかった。