海外文学読書録

書評と感想

クエンティン・タランティーノ『ジャンゴ 繋がれざる者』(2012/米)

★★

南北戦争の2年前。テキサス。ドイツ人のシュルツ(クリストフ・ヴァルツ)は元歯科医で現在は賞金稼ぎをしている。彼は黒人奴隷ジャンゴ(ジェイミー・フォックス)を解放し、賞金稼ぎの相棒にすることになった。ジャンゴは妻ブルームヒルダ(ケリー・ワシントン)と生き別れており、彼女は現在もどこかで奴隷をしているという。ミシシッピのキャンディ農園にいることを突き止めた二人は農園主カルヴィン(レオナルド・ディカプリオ)の元へ。そこは黒人嫌いの奴隷頭スティーヴン(サミュエル・L・ジャクソン)が家政を取り仕切っていた。

マカロニ・ウェスタンのオマージュだが、これなら本家のほうがだいぶ面白い。本家はあまり高い志を持たず、「こういうのでいいんだよ」を志向しているから。とはいえ、ハリウッド一流のスタッフで敢えてB級映画を撮る面白さはあって、過剰な暴力描写と悪役のキャラがやたらと立っているところは良かった。本作はクリストフ・ヴァルツアカデミー賞助演男優賞が授与されたが、個人的にはレオナルド・ディカプリオサミュエル・L・ジャクソンにあげたい気分である。この二人はヒーロー側のジェイミー・フォックスたちを完全に食っていた。

農園主カルヴィンは黒人奴隷に囲まれて育ったから、黒人の扱いにだいぶ慣れている。逃亡した者には容赦ない罰を与えているが、奴隷頭のスティーヴンには口答えする権利を与えていた。そこまで言わせていいんだ、と見ているほうが驚くくらいである。その一方、奴隷デスマッチという奴隷同士の殺し合いにも興じていて、残酷な趣味嗜好の持ち主でもある。彼はまるで小さな国の王様だった。そんなカルヴィンがシュルツたちに騙されたことを知り、骨相学について講義する流れが面白い。彼は自由黒人の存在を認めるくらい鷹揚だったが、一方で奴隷主としては苛烈な決断を下す残酷さがある。その両面がいい感じにブレンドされていた。シュルツに執拗に握手を求めて殺されるところも最高である。

奴隷頭のスティーヴンは自分も黒人のくせになぜか他の黒人を見下していて滑稽である。主人のカルヴィンと違い、彼は自由黒人のジャンゴを認めていない。黒人のくせに自由に振る舞っているのが許せないようだ。スティーヴンは白人の価値観を内面化していた。そういう意味で「白い黒人」と呼ぶのがふさわしいだろう。方や白人のように自由を謳歌するジャンゴと、方や白人の価値観を内面化したスティーヴン。この二人の対比が面白い。スティーヴンの主人に対する忠誠心は半端なく、奴隷とは心まで奴隷になった者を指すのだろう、と絶望的になる。アメリカの奴隷制の完成形がスティーヴンだった。

ほとんどの西部劇では人が銃で撃たれても血も流さず一発で死んでいくが、本作はその正反対である。まるで新鮮な果物を撃ったかのように血飛沫が飛びまくる。人体の60%は水分でできているから、この誇張された描写にも説得力がある。銃弾が当たれば血飛沫が飛ぶし、肉片がこそぎ落ちるし、人体には穴があく。そういう過剰な描写を基本設定に据えたところが本作の爽快さに繫がっている。一発で死ねなかった悪党が倒れて泣き叫んでいるところもまたいい。銃撃戦では一箇所だけスローモーションが使われているが、マカロニ・ウェスタンではそういう表現がなかったので新鮮だった。

西部劇の入れ物なら公然と差別語が使える。これは大きな発見だった。劇中ではみんなやたらと「ニガー」「ニガー」言っている。また、インディアンの代わりにKKKを出しているところも見ものだろう。彼らが襲撃前にマスクについてうだうだ揉めているのが可笑しかった。

ただ、好き嫌いで言ったら本家マカロニ・ウェスタンのほうが断然好きで、こういう現代的な西部劇はちょっと苦手である。俺ってクールだろ? みたいな監督の自意識が透けて見えるところがきつい。