海外文学読書録

書評と感想

チャン・フン『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017/韓国)

★★★

1980年のソウル。タクシー運転手のキム・マンソプ(ソン・ガンホ)は娘と2人で暮らしていた。彼は金がなくて家賃を滞納している。そんなとき、外国人を光州まで乗せたら10万ウォン貰えるという話を聞く。キムは先回りして待ち合わせ場所へ行き、ドイツ人ジャーナリストのピーター(トーマス・クレッチマン)を乗せる。光州では戒厳令が敷かれ、軍と市民が対峙していた。

光州事件を題材にしている。

ハリウッド映画の文法に則っているところが目を引いた。カーチェイスはあるし、演説もあるし、何より保守親父の変容を軸にしている。観客はキムのコミットメントに感動し、市民が虐殺される様子に心を痛め、カーチェイスにハラハラドキドキする。そして、最終的に正義がなされたことに気持ちよくなって帰っていく。そういうお手軽なテーマパークとして極めて優秀な映画だ。売れる映画とはつまり感動のジェットコースターなのである。エンターテイメントはかくあるべし、という感じだ。

キムは当初、薄っすらと保守的な価値観の持ち主として登場する。デモに参加する学生を見て、「韓国ほど住みやすい国はないぞ」と言い放つのだ。それはサウジアラビアに出稼ぎに出た経験から来る言葉だった。日本でも戦前・戦中派世代は全共闘世代を冷ややかに眺めていたが、キムもそんな感じだろう。若者が無駄に騒いでいるという認識。ところが、そんなキムも光州の惨劇を目の当たりすることで変貌する。真実に目覚める。光州では軍が市民を虐殺していた。韓国は住みやすい国ではなかったのである。保守的だった親父が認識を改めて運動にコミットする。この辺はハリウッド映画の文法に忠実だった。

軍人の理屈だと、外国人ジャーナリストを手助けしているキムは売国奴になるようだ。この論理は面白い。愛国心とは文字通り国家に対して持つもので、時の政権に対して持つものではない。当然、人によって支持するイデオロギーは異なり、同時に支持する政権も異なる。反体制運動をしているからと言って愛国心がないとは限らない。むしろ、愛国心があるから反体制運動をしている。日本でも右派は左派に対してしばしば愛国心の欠如を指摘するが、左派は愛国心があるから左派をしている。国家をより良い方向に変えたい。だからわざわざ政治運動をするのだ。特に現代において民主化運動は圧倒的な「正義」であり、だから軍事独裁政権の支持者が愛国心を持ち出すのはちゃんちゃらおかしいのである。

カーチェイスがなかなか見応えがある。キムの運転するタクシーを軍の車両が追ってくる。それに対し、数台のタクシーが壁となって妨害するのだ。もちろん、車はぶつかったりひっくり返ったり派手なアクションを繰り広げている。ハリウッド映画ほどではないにせよ、フランス映画くらいの迫力はあるのではなかろうか。少なくとも日本ではこういうカーチェイスは撮れない。韓国映画ってある面では日本映画より尖っている。だから侮れない。

キム・マンソプのモデルになったキム・サボク1984年に亡くなっていたらしい。それは映画公開後に明らかになった。他にも色々な事実が明るみに出ていて興味深い。