海外文学読書録

書評と感想

フランソワ・トリュフォー『柔らかい肌』(1964/仏)

柔らかい肌 (字幕版)

柔らかい肌 (字幕版)

  • ジャン・ドザイ
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★★★★

高名な評論家ピエール・ラシュネー(ジャン・ドザイ)が講演のため飛行機でリスボンへ。搭乗時間ギリギリで間に合った。そこでスチュワーデスをしているニコル・ショメット(フランソワーズ・ドルレアック)と知り合い、ホテルで肉体関係を持つ。ピエールは妻子持ちの中年男性だった。やがて妻のフランカ(ネリー・ベネデッティ)と離婚騒動になり……。

タイミングが運命の分かれ道になるという意味でぞっとする映画だった。ピエールがニコルと出会ったのもギリギリ搭乗時間に間に合ったからだし、ラストがああなったのも電話のタイミングがズレたからである。タイミングは人の出会いを左右するし、人の生死も左右する。俗に言う「運命」とはこのことではないか。頼まれたストッキングを買いに行ったら閉店間際で何とか買えた。これくらいなら人生は変わらない。しかし、どの行動が決定的なものになるかは然るべき時が来るまで分からないのだ。人生とはすごく脆弱で、自分の意思ではどうにもならないところがある。最善手を打ったからといって不幸を回避できる保証はない。そういう不条理を思い知らされた。

モノクロ映画なので明と暗のコントラストが目立っている。特に部屋の電気を点けたり消したりするシーンが印象的だ。当然のことながら点けると明るくなるし、消すと暗くなる。本作はそれを登場人物の心理描写に使っている節があって、たとえば、ニコルのナンパに成功したピエールは、嬉しくて部屋の電気を点けまくっていた。電気の明滅によって人物の感情がひと目で分かるようになっている。他にも、モノクロ映画は夜の闇が映える。特に都市部はあちこちに光源があるからそれがアクセントになっている。昼だってその乾いた明るさがいい。モノクロ映画も捨てたものじゃないと思った。

2人きりの席でピエールがニコル相手にバルザックの話をしている。評論家のピエールにとってバルザックは専門分野だ。ニコルは適度に相槌を入れつつ興味深そうに傾聴している。ふと思ったが、このシチュエーションっておたくの理想ではなかろうか。つまり、おたくがコンカフェ嬢にガンダムの話を捲し立てるのと同じである。コンカフェ嬢がその話に興味を持つかといったらまず持たない。しかし、商売だから持っている振りをして聞いている。おたくだってバカじゃないからそんなことは分かっている。分かっているが捲し立てずにはいられない。そこがおたくの悲しいところだが、本作のニコルは商売抜きでバルザックの話を傾聴している。実に羨ましい。マンスプレイニング? そんなの知ったことか。おたくは自分の知識を披露せずにはいられない生き物であり、その欲望を嫌な顔ひとつせず受け止める女に惚れるのである。

ニコルとフランカがそれぞれ通りすがりの男からナンパされている。どちらもナンパのやり方がしつこいところに驚いた。明らかに嫌がってるのに付きまとっている。女性の生きづらさが少しだけ分かった。