海外文学読書録

書評と感想

アニエス・ヴァルダ、JR『顔たち、ところどころ』(2017/仏)

★★★★

87歳の映画監督アニエス・ヴァルダと33歳のフォトアーティストJR。2人がコンビを組んで映画を作る。アニエスとJRはスタジオ付きのトラックでフランスの田舎を巡り、地元民を被写体にした巨大ポートレートを壁に貼っていく。

アニエス・ヴァルダとJRが人間的にも芸術的にも相性が良くて、見ていて心が温まるような映画に仕上がっていた。本作にはロードムービー的な面白さと芸術ドキュメンタリー的な面白さが同居しており、一粒で二度美味しい映画になっている。2人が徹底して人間にスポットを当てているところが良かった。

壁に貼られた巨大ポートレートがどれも絵になっていて、芸術家のやることは一味違うなと感心する。無機質な壁にでかでかと貼り付けられた人間の顔。しかも、これは刹那的な芸術なのだ。壁に糊を塗って写真が印刷された紙を貼ってるだけだから、雨が降ったり風が吹いたりしたらあっさり消えてしまう。しかし、そういった一過性の表現を映像に収めて永久化し、その場にいない人間に届けるところが映画のマジックなのだ。映画にとってもっとも重要なのは映像だけど、ストリートアーティストと組むことでそれが無限に供給されていく。一方、ストリートアートにとっても永久化は悪い話ではなく、映像に収められることで世界中の人々に見てもらえる。そんなわけで、本作では2つの芸術様式がWin-Winの関係になっている。

目というのが本作の縦軸になっていて、アニエスは被写体が眼鏡をかけていた場合、それを外してもらっている。そのほうが目が綺麗だから、と。こうした価値観の原点はアニエスが若かった頃にあって、それはいつもサングラスをかけていたゴダールが彼女の前でとってくれたことにあった。目については周到に脚本が練られていて、アニエスが目の病気で治療している映像が挿入される。彼女の視界は下のほうだけぼやけていた。一方、JRは常にサングラスをかけており、アニエスにも観客にも目を見せない。いずれサングラスをとって目を見せてくれるだろう、という期待が醸成されている。実際、彼はラストでサングラスをとるのだけど、そのときの手法が双方の意を汲むような形になっていて巧妙だった。アニエスの視界がぼやけていることが伏線になっている。

本作はモノクロとカラーが幸福な結婚を果たしていて、この2つが強烈なコントラストをなしている。でかでかと貼られた写真はモノクロで、それ以外はカラー。しかも、カラーの部分は被写体の服装を中心に色鮮やかだ。さらに構図もいい。たとえば終盤、写真を貼ったコンテナをうず高く積み上げ、3人の被写体が3つのコンテナからそれぞれ姿を見せている。このシーンは壮観だった。

アニエスとJRが想像力を重視しているところもポイントで、本作はそれの実践になっている。想像力は人間と関わるもの、というのが2人の持論なのだ。映画監督とフォトアーティスト、一流の芸術家の共通認識が知れて参考になった。