海外文学読書録

書評と感想

アキ・カウリスマキ『浮き雲』(1997/フィンランド)

浮き雲 (字幕版)

浮き雲 (字幕版)

  • カティ・オウティネン
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★★★

レストランで給仕長をしているイロナ(カティ・オウティネン)だったが、店が大手チェーン店に買収されて失業する。一方、夫ラウリ(カリ・ヴァーナネン)は路面電車の運転士をしていたが、不況のせいでリストラされるのだった。2人は求職活動をするも上手くいかない。紆余曲折を経てレストランの開業を計画する。

現実から始まって理想で終わる。おとぎ話みたいな映画だった。当時のフィンランドも不況だったので(ソ連崩壊によって通貨価値が下落した)、こういう後味のいい映画が求められたのだろう。かなり出来過ぎな話だったが、大衆のニーズに応えているという感じはする。

日本も失われた30年を経験しているし、リーマンショックの余波も記憶に残っている。また、最近だとコロナ禍で多くの飲食店が倒産した。だから不況のつらさもよく分かる。雇用は何よりも社会情勢に左右されるわけで、労働者とはちっぽけなのだ。いつまでもその職場では働けないし、求職活動だって思い通りにはいかない。景気の波はいつだって自分の思惑の外側で乱高下する。我々はそういう運命を引き受けながら資本主義の荒波を泳いでいる。まったく世知辛い世の中である。

レストランの開業を計画したイロナだったが、銀行は融資してくれない。おまけに夫が開業資金をカジノで増やそうとするも全額すってしまった。まさにどん底である。ここからどうするのかと思ったら、まさかああいう展開になるとは予想外だった。要はエンジェル投資家の登場である。まあ、赤の他人というわけでもないから金を出すこと自体不自然ではないのだが、それにしたって気前が良すぎる。ほとんど慈善事業である。人間の善性を信じられるかどうかが本作を楽しむ分水嶺になるだろう。人間、最後に頼れるのは人の縁。そういう意味で本作は人生の本質を突いている。

序盤でラウリが奮発してソニーのカラーテレビを買っている。リモコン付きだ。ローンで購入したという。当時は日本の家電製品が強かった。今では見る影もないが。ともあれ、ソニーのテレビは当時のフィンランド人にとってはおそらく贅沢品だったわけで、これに資本主義を象徴させているのだろう。好況のときはテレビも買える。しかし、不況のときはローンが払えなくなって差し押さえにあう。資産も水物なら雇用も水物。安定して所有することができないし、安定した地位も築けない。そこに労働者の悲しみがある。

映画をタダ見しておいて金返せと受付に文句をつけるラウリ。厨房で酒を飲んで包丁を構えるコック。この監督はメジャーになってからユーモアが露骨になったような気がする。また、カティ・オウティネンの演技が素晴らしい。無表情のようでいて無表情ではない、微妙な顔面の造作で自分の立場を表している。とても印象的だった。