海外文学読書録

書評と感想

ジョン・カーニー『シング・ストリート 未来へのうた』(2016/アイルランド=英=米)

シング・ストリート 未来へのうた(字幕版)

シング・ストリート 未来へのうた(字幕版)

  • フェルディア・ウォルシュ=ピーロ
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★★★★

1985年のダブリン。高校生のコナー(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)は、不況の煽りを受けて私立校から公立校へ転校させられる。学校では不良のバリー(イアン・ケニー)にいじめられ、校長(ドン・ウィチャリー)からは服装について注意される。あるとき、モデルのラフィーナ(ルーシー・ボイントン)に一目惚れしたコナーは、彼女の気を引くためバンドを組んでミュージック・ビデオを作ることに。コナーは兄ブレンダン(ジャック・レイナー)から色々アドバイスを受ける。

『スクール・オブ・ロック』中産階級のお坊ちゃんたちにバンドをやらせる話だけど、こちらは労働者階級の子供たちがバンドを組む話で、アプローチの違いが面白かった。どちらかというと、本作のほうが欧米の実情を反映しているのだろう。ビートルズやオアシスの例を引くまでもなく、ロックとは労働者階級のものだということが実感として分かる。こういう荒んだ環境だからああいうバンドが生まれたのか、みたいな。崩壊した家庭や学校の荒れ具合も含めて、日本とは一味違うと思わせる。

バンドを組んでMVを撮っている少年たちを見て、羨望の思いがふつふつと湧き上がってくる。自分は学生時代、勉強と部活しかやってなくて、こういう楽しい活動とは無縁だった。もっと青春を謳歌すべきだったと後悔している。子供を主人公にした青春映画、特にバンドを題材にした映画って、あり得たかもしれないもうひとつの人生をそこに見出してしまうのだ。僕もバンドをやっていたらどれだけ輝けたことか。ロック音楽は好きなほうなので、なおさら自分を投影してしまう。

本作を観て強く思ったのは、趣味の分野では兄がいると何かと得だということだ。小説にしても音楽にしても、同世代が知らないコアな作品を教えてくれる。僕は長男なのでこういう経験はなかったけれど、友達経由で年上の人から間接的に教えてもらっていた。SF小説だったり、ロック音楽だったり、かなりの部分が上の世代から伝えられたものである。長男はこういうのを自分で開拓しないといけないから大変だ。実際、本作には先行者であることの葛藤が描かれている。兄が道を切り拓いて、弟がその後を辿ってきた。兄は笑い者になり、弟は人気者になった。兄が弟を妬む姿は見ていて心苦しかった。

本作でもっとも印象に残っているのが、体育館でのMV撮影のシーン。演奏中に華やかな幻想世界に入るところが良かった。この映像が見れただけでも元が取れたと思う。それと、バンド活動で自信をつけたコナーが、いじめっ子に対して「君は暴力だけだ」「何も生まない」と言い放つところが格好良かった*1。成功体験にはウサギをライオンに変える効果がある。

*1:さらに、終盤になってそのいじめっ子をメンバーに誘うところが素晴らしい。