海外文学読書録

書評と感想

アキ・カウリスマキ『パラダイスの夕暮れ』(1986/フィンランド)

★★★★

ヘルシンキ。ゴミ収集人のニカンデル(マッティ・ペロンパー)が、スーパーでレジをしているイロナ(カティ・オウティネン)と知り合う。2人は友達とも恋人ともつかない微妙な関係になるのだった。一方、ニカンデルは留置所でメラルティン(サカリ・クオスマネン)と知り合い、彼に職を斡旋して同僚になる。ある日、スーパーをクビになったイロナは店の売上金が入った金庫を盗んだ。

ニカンデルとイロナの関係は捉えどころがないのだけど、それでも恋愛映画として成立してまうのだからすごい。マジもんの異文化を覗いた気分になった。ホント、恋愛とは何なのだろう……。

ニカンデルとイロナの恋愛はごつごつしている。まず、2人は一緒にいてもほとんど無表情だ。一度だけイロナが笑みを見せたものの、基本的には仏頂面で会話している。楽しそうに見えないし、幸せそうにも見えない。そのくせ、浜辺でデートした際はラジカセで音楽を聴きながら頃合いを見てニカンデルがイロナを押し倒している。また、あるときは全然そんな雰囲気でもなかったのに部屋で抱き合ってキスもしていた。何がトリガーになってロマンティックな行為に及んでいるのか分からない。労働者階級ならではの間合いがあるように見える。

ニカンデルは女心が分かってなくて、イロナをビンゴに連れていって白けさせている。普通はそんなところでデートしないだろう(ポルノ映画に連れていくよりはマシだが)。また、イロナの職場にゴミ収集車で乗り付けて彼女に迷惑をかけている。ニカンデルは当世風の格好つけた男とは程遠かった。その無骨さがいかにも労働者階級である。

一方、イロナもニカンデルと大差ない無骨さだ。彼女は別の男とレストランに行った際、その気取った雰囲気に耐えきれず途中で退席している。これならニカンデルのほうがマシという態度だ。イロナも男に何を求めているのか分からない。デートしても楽しそうじゃないし、将来を考えている風でもない。どこに行っても仏頂面で、欲望が欠けているように見える。彼女はまるで機械のようであり、内面をこれっぽっちも明かさない。見ているほうとしては俄然興味をそそられる。

本作を見ると、アメリカをお手本にした自由恋愛は格好つけすぎだと思う。入念にデートプランを練ってあちこち巡り、食事はお洒落なレストランで贅沢なひととき、最後はロマンティックにベッドインする。日本人もこれ。虚飾に塗れている。本作の無骨さはまったく理解不能ではあるが、一方で先進国の自由恋愛も儀式的すぎて変に見える。ホント、恋愛とは何なのだろう……。方や様式化したマニュアル恋愛があり、方や捉えどころのないごつごつした恋愛がある。マジもんの異文化に遭遇して価値観が揺さぶられてしまった。

それにしても、ニカンデルが英会話教室に通っているのが謎である。ただの趣味なのか、それともキャリアアップを狙っていたのか。あと、友人のメラルティンがなかなか魅力的だった。突然金の無心をされたのに嫌がらずに貸しているところがいい。妻子持ちなのも意外性がある。