海外文学読書録

書評と感想

ウィリアム・シェイクスピア『恋の骨折り損』(1594-1595?)

★★★

ナヴァール王国のファーディナンド王は宮廷をアカデミーにすると決めた。彼は3人の側近(ビローン、ロンガヴィル、デュメイン)を学友とし、これから3年間寝食を共にして女性と顔を合わせないことを誓う。ところが、フランス王女が領地問題の交渉のため、3人の侍女(ロザライン、マライア、キャサリン)を引き連れやってきた。ナヴァール王国側は誓いを破ってそれぞれ求愛する。

ビローン 何という名前ですか、あの帽子を被った女性は?

ボイエット ロザラインです、あの猫を被った女性は。

ビローン もう結婚しているんですか?

ボイエット ええ、伴侶は「わがまま」と言ったところですが。

ビローン いや、ありがとう。では、さようなら。

ボイエット 「さようなら」と言って下さってありがとう。(p.55)

箱庭での平和な恋愛遊戯といった趣だった。

男性陣が女性陣に翻弄される。これは小国ナヴァールが大国フランスに翻弄されるのを意味しているのだろう。劇中では男性陣がロシア人に扮したり、女性陣が仮面を被って入れ替わったり、騙し合いが行われる。その結果、男性陣は見事に完敗してしまう。彼らは策略を見抜かれたうえに罠にかけられてしまうのだ。そもそも本作における男女関係は非対称で、男性陣が本気だったのに対し、女性陣は気晴らしである。事前の情報収集も女性陣のほうが上で、戦争の何たるかを心得ている(戦争は外交の一手段であり、恋愛は男女間の戦争である)。小国は大国に敵わないのだった。

本作ではウィットが重視されている。ところが、第二幕第一場で王女が「そういうウィットは短命なもの、芽生えた途端にしぼんでしまう。」と釘を刺している。上流階級の恋愛においてウィットは欠かせない。ところが、男性陣のウィットは女性陣に評価されず、常に空回りすることになる。一方、男性陣は女性陣の外面しか見ていなかった。男性陣は女性陣に求愛する際、目印だけを頼りに接近して取り違えている。彼らは外面しか見ていないどころか、その外面すら見れていなかったのだ。方や内面を斟酌し、方や外面にしか目を向けない。ここでも男女関係は非対称である。

女人禁制の誓いを破ったことによって動き出した恋愛だったが、結局は実らない。最後は女性陣から課題を出されてお預け状態になる。女性陣は誓いを破ったことを問題視していた。誓いを破った男性陣に対し、女性陣は新たな誓いを要求してそれを求愛の条件にしている。正直、ここまで倫理的な話になるとは思わなかった。きっちりけじめをつけさせるなんて意外だった。本作は恋愛を描きつつ、同時に倫理も描いていたのだ。恋愛を外交のメタファーだとすれば、やはり誓いを守ることは重要なわけで、本作は個人の関係から国家の関係にまで射程を広げている。

小国ナヴァールは大国フランスに敵わなかった。そういう話だろう。