海外文学読書録

書評と感想

コレット『シェリ』(1920)

★★★★

49歳の高級娼婦レアは、25歳の白皙の美青年シェリと6年間愛人関係にあった。シェリの母はレアの親友で、2人は知り合って25年になる。今回、シェリが若い娘エドメと結婚することになった。レアとシェリは内心に葛藤を抱えながらも愛人関係を解消する。ところが……。

レアは起き上がると、頰についたクッションの刺繡の跡をこすった。

〈かわいそうなシェリ……思えばおかしなことね――あなたは衰えておばあさんになった愛人を失い、わたしは顰蹙を買ってばかりいた若い恋人を失って、わたしたちはどちらも、この世でいちばん誇りに思っていたものをなくしてしまっただなんて……〉(p.157)

ファム・ファタールの男女逆転版みたいな小説だった。通常だったらレアの役割は中年男性が担ったはずだし、また、シェリの役割は若年女性が担ったはずである。本作はそれを逆転させ、シェリを「運命の男」としているところが面白い。

49歳のレアは高級娼婦だけあって恋愛にかけては百戦錬磨だ。これまで何人も若いツバメを囲ってきた。彼女の自慢はおじさんとの交際経験がないことである。49歳になっても若い男を魅了する美魔女。それがレアだ。そんなレアはシェリと6年間愛人関係にあった。レアにとっては43歳から49歳まで。シェリにとっては19歳から25歳まで。結婚する当てのないままお互いに「若さ」を奪い合っている。とはいえ、どちらかというとシェリのほうが損失は大きいだろう。青年期を丸ごと一人の女性に、それも中年女性に捧げているのだから。シェリほどの美貌の持ち主なら、その若さを使って何かできたのではないか。しかし、シェリは金に困っていない。おまけに取り立てて野心もない。気の向くまま享楽的な生活に身を投じている。

そんなシェリも遂に身を固めることになった。相手は金持ちの娘エドメ。彼女と結婚すれば150万フランの持参金が入ってくる。金持ちのシェリにとっては結婚のモチベーションなんてあまりないはずだけど、自立した男性としてとりあえず社会の慣例に従っておこうという算段だろう。いつまでも若いツバメではいらないのだから。彼ももう25歳。そろそろ大人になる必要がある。

とはいえ、25歳になってもシェリの美貌は衰えていない。

彼はたちまち、腕を組んで歩いてきた婦人服店のお使いの女の子三人に、うっとりしたまなざしを投げかけられている。

「きゃー!……信じられない、お人形みたいにきれい!……触らせてくださいってたのんでみる?」

だがシェリは、よくあることなので、振り向きもしなかった。(p.17)

道行く女の子からこんな視線を投げかけられているのである(しかも、よくあることらしい)。25歳でこれなら、6年前はとんでもない美の化身だったはずだ。それを6年間手元に置いてきたレアもなかなか罪深い。たちの悪い蒐集家のようである。

終盤ではシェリが若妻を捨ててレアのところに戻ってくる。ところが、レアはそれを突き放す。このような分別を持っているところが男性主人公のファム・ファタールものと違うところだ。男性主人公なら愛欲に溺れて身を破滅させていただろう。しかし、女性主人公の本作ではそうならない。男女でこうまで差があるのは性欲の在り処に差があるからであり、とどのつまり男の性欲はしょうもないのである。

というわけで、本作はファム・ファタールの男女逆転版として興味深かかった。