海外文学読書録

書評と感想

岩井澤健治『音楽』(2020/日)

★★★★

高校生の研二(坂本慎太郎)は、同じ学校の太田(前野朋哉)や朝倉(芹澤興人)とつるんで不良をしていた。3人の友人に亜矢(駒井蓮)がいる。研二・太田・朝倉の3人はひょんなことからバンドを組むことに。ところが、編成はベース2つ、シンバルのないドラムの変則的なものだった。彼らは自分たちのバンド名を「古武術」にする。ある日、3人は同じ学校に「古美術」というバンドがあることを知り、彼らに会いに行く。

原作は大橋裕之『音楽 完全版』【Amazon】。主演は元ゆらゆら帝国坂本慎太郎である。

インディーズっぽい作りでありながらも、独自の感性が発揮されていてなかなか良かった。動きは手を抜いているようでいて意外と細かいし、作画は漫画的な風合いを残していて味がある。極めつけは場面によって作画のトーンを変えているところだろう。時に線だけの激しい描写になったり、時に陰影のついた立体的な描写になったり、要所要所で印象的な絵作りをしている。こういった多彩な映像表現はいかにも現代のアニメらしい。方向性としては『ぼっち・ざ・ろっく!』【Amazon】に通じるものがある。

古武術」の演奏は音楽経験のない素人だけあってお世辞にも上手いはと言えない。ただ楽器を鳴らすだけの単調なものである(どこか現代音楽を彷彿とさせる)。しかし、彼らの演奏を聴いた「古美術」のメンバーは、「ロックの原始的な衝動」と評している。そして、素人の「古武術」は「古美術」に誘われてフェスに出ることに。あんな演奏でどうするのだろう、と心配していたらそこは意外な展開が待っていた。「古武術」の単調な演奏が他の演奏とがっちり噛み合い、ハーモニーを奏でているのだからすごい。ベースもドラムも一定のリズムさえキープしておけば、その他の楽器でいくらでも彩ることができる。おまけに研二のリコーダーが妙にはまっていた。バンド音楽の肝はやはりハーモニーなのだろう。本作を観てセッションの面白さを体験できた。

古武術」の演奏が初心者レベルなのに対し、「古美術」の演奏はハイレベルである。「古美術」はフォークソングからロックまでこなすやり手だった。「古美術」の森田(平岩紙)はフェスのステージでやらかして挫折するのだけど、「古武術」のステージに上がることで再生する。そもそも「古美術」がロックに鞍替えしたのは、「古武術」の演奏に衝撃を受けたからだった。このように「原始的な初期衝動」が周囲に与える影響も見所のひとつである。

小道具として目立つのは、ブラウン管のテレビに古いゲーム機、そしてカセットレコーダー。劇中にはケータイもインターネットも出てこない。全体的に平成レトロな装いである。強いて言えば、90年代前半だろうか。牧歌的な世界観が好ましい。