海外文学読書録

書評と感想

フランツ・カフカ『城』(1926)

★★★★

晩遅く、測量技師のKが雪深い村に到着する。その村は城の領地で、伯爵の許可なしに住んだり泊まったりすることはできなかった。Kは2人の助手を押し付けられ、酒場の女中といい仲になるも、城の役人と接触することができない。村長によると、村は測量技師を必要としていなかった。Kは城への道を模索するが……。

城は、遠く離れたここから見える限りでは、Kの予期していたところにだいたい合っていた。古びた騎士の山城でもなく、新しい飾り立てた館でもなく、横にのびた構えで、少数の三階の建物と、ごちゃごちゃ立てこんだ低いたくさんの建物とからできていた。これが城だとわかっていなければ、小さな町だと思えたかもしれない。ただ一つの塔をKは見たが、それが住宅の建物の一部なのか、それとも教会の一部なのかは、見わけがつかなかった。鴉のむれがその塔のまわりに輪を描いて飛んでいた。(Kindleの位置No.170-175)

執筆は1922年。

本作はコミュニケーションの小説であると同時にディスコミュニケーションの小説でもあり、また、厳格な規則に支配された共同幻想の小説でもある。

Kが村で行うのは絶え間ないコミュニケーションだ。役人と接触するため、村長や秘書、女中などと会話を重ねていく。Kは測量技師としての地位を認めてもらいたい。そのためには役人のお墨付きが必要だった。しかし、Kと役人との間には大きな溝が横たわっている。端的に言えば、コミュニケーションの回路が絶たれているのだ。Kは役人に会おうとして村人たちに縋るも、一向に会えないでいる。唯一残っている道は手紙だったが、こちらも複雑な行政機構の壁に阻まれて正確な意思疎通ができなかった。Kにとっては致命的な誤解が生じている。誤解を解くためにはやはり直接会うしかない。しかし、Kが役人に会おうとすると途端に厳格な規則が現れて邪魔をする。村人たちはKとのコミュニケーションを惜しまないが、それはKの行く手を阻むためであり、結果的に絶え間ないコミュニケーションが本質的なディスコミュニケーションを生んでいる。Kは奮闘虚しく袋小路に迷い込むのだった。

村人たちを支配しているのが、城を象徴とした共同幻想である。城に勤める役人には暗黙の権威があり、彼に逆らうと村人は同じ村人から酷い目に遭わされる。本作でもっとも重要なのが、オルガが役人との因縁を語る第十五章だろう。オルガの妹が役人の下衆な要求を拒んだことで、一家は村人たちから迫害されることになる。父親は靴職人の仕事を失って病気になってしまった。一家が生存するためには再び役人の信任を得て汚名返上するしかない。Kに対して壁となっていた村人も、その裏にはKと同じくらいの苦労があったのだ。村に住む各人が仮面を被りながら城の権威を支える。村の集合意識が城という共同幻想を作り、その共同幻想が村人たちの行動を縛る。村の内部は自縄自縛のシステムによって統治されており、部外者のKは期せずしてそれに巻き込まれている。

本作は未完の小説だが、未完でもこれだけのことが読み取れるので、やはり優れた小説なのだと思う。特にコミュニケーションを重ねることで本質的なディスコミュニケーションが生まれる構図には舌を巻いた。Kはいくら頑張っても目的地にたどり着けないわけで、本作が未完なのは象徴的である。