海外文学読書録

書評と感想

ジョルジュ・シムノン『証人たち』(1955)

★★★

重罪裁判所で裁判長を務めるグザヴィエ・ローモンには病気で寝たきりの妻ローランスがいた。ローモンは何かとローランスに気を使ってあれこれ世話を焼いている。また、ローモンは妻殺し・ランベールの裁判を担当していたが、直前にインフルエンザに罹ってしまうのだった。ローモンは公私にわたって試練に晒される。

「奇妙な裁判だな」彼は感想を空に向かって言うようにつぶやいた。

「裁判はみんな奇妙なものだとわたしは思うよ」

「わたしが言いたいのはとくに証人たちのことだ」

「彼らが言ったことに、一部は嘘、一部は真実がある、とわたしはふんでいる。それが人間だよ」(p.210)

法廷ものの面白さと心理小説の面白さが同居した文芸作品である。

法廷ものとしては妻殺しを扱っているのだが、被告は容疑を否認している。被告は自動車整備工。これまで3度刑罰を受けている。そして、殺された彼の妻は4年間に10回も堕胎していた。妻はあちこちで体を売っている。また、被告も普段から素行が悪く、妻以外に女と肉体関係を結んでいる。つまり、この夫婦はどちらも下層階級の不良なのだ。被告についてはこのうえなく怪しいものの、殺人も死体遺棄も状況証拠しかない。動機とあやふやな目撃証言のみである。現代の司法――特に有罪率99.9%の日本の司法――だったら起訴されるか危ういケースだろう。そして、この法廷劇には思わぬどんでん返しが待っている。それを作ったきっかけが匿名によって差し出された一枚のメモ。蟻の一穴によって裁判の行方ががらりと変わるのだから面白い。

心理小説としては裁判長ローモンと妻ローランスの緊張関係が読みどころである。ローモンは病身の妻の世話を焼き、彼女のわがままを聞いていた。一見すると良き夫に見えるけれど、実は今の状況に至るまでに深刻な成り行きがあったのである。本作では話が進んでいくうちにそれが明かされる。実はこの夫婦、愛も絆もまったくない仮面夫婦だったのだ。あるのは24年間一緒に暮らしていたという事実だけ。夫は夫で無意識のうちに妻を亡き者にしたがっているし、妻は妻で病気を理由に部屋にひきこもっている。この夫婦が抱える鬱屈がまた病的で、インフルエンザによる混濁した意識の元で暴かれる心理は読み応えがある。

裁判長のローモンと被告のランベールは上流階級と下層階級にくっきり別れている。ローモンにとって今回の裁判は、社会の周辺部で起きた激安犯罪に過ぎなかった。しかし、夫婦関係がもつれているという意味で両者には共通点がある。金持ちで社会的地位が高く、人から羨まれる生活を送っているローモン。そんな彼でも下層階級と変わらぬ人間関係の悩みがある。人間とは階級という衣服を取っ払って裸になってみれば大差ないもので、実は誰もが煩悩に支配されているのだ。「疑わしきは被告人の利益に」によって導かれた判決。ローモンが迎えた不可避的な運命。どちらも苦味があって人生のままならなさを物語っている。本作は出自の異なる2人を対照関係に置いたところが見事だった。