海外文学読書録

書評と感想

小津安二郎『晩春』(1949/日)

★★★★★

鎌倉。大学教授の曾宮周吉(笠智衆)は妻を亡くし、現在は娘の紀子(原節子)と二人で暮らしている。紀子はもう27歳になるが、父の世話をするために未だ独身だった。周吉はそのことを心配している。紀子はそんな心配をよそに、周吉の助手・服部(宇佐美淳)や学生時代からの友人・北川アヤ(月丘夢路)と交際していた。やがて紀子の元に見合い話が舞い込んでくる。

原作は広津和郎『父と娘』【Amazon】。

娘の自立を描いている。共依存的な親子関係を断ち切る様子は現代のひきこもり問題に通じるかもしれない。とにかく紀子のファザコンぶりが半端なく、また、父親もそれを利用して手元に置いてきた感があり、嘘をついてまで結婚を促す様子は悲壮感が漂っていた。終盤、紀子は父親が再婚すると聞いて泣き崩れる。見ているほうとしては、なぜそんなに父親が好きなのか分からなかった。

現代人からすると結婚への圧が強すぎると思う。今は生涯未婚の女性も珍しくないから、独身は不幸であると言わんばかりに結婚を勧めてくるのはどうにももどかしい。紀子の問題は、手に職をつけていない子供部屋おばさんなところではないか。実家の太さは人生の太さであるとはいえ、いずれ父親は死ぬし財産も尽きる。そういうときのために経済的な保障は欲しいところである。まあ、当時はそれが結婚だったのだろう。女性の経済的自立は、1985年の男女雇用機会均等法まで待たなければならなかった。そういう意味では旧世代の価値観が垣間見えてなかなか興味深い。

本作はカメラワークが素晴らしく、冒頭の駅から和室に続くカット割りからしてただものじゃないと思わせる。また、時々中距離から覗き見するショットが差し込まれ、それが意外性を生みつついいアクセントになっている。そして一番印象に残っているのが、京都でのロングショットだ。ここでは3人の動きを遠くから点描しつつ、今度は別の角度からまたロングショットで切り返している(手前を女学生の集団が通り過ぎるところがまたいい)。この合わせ技は予想外だった。

その他、面白かったところ。妊娠のことをラージポンポンと呼んでいるところ。北川アヤの食べてるケーキが明らかにでかく、女一人で食べ切れる分量じゃないところ。叔母さん(杉村春子)が落とし物のガマ口を拾って現場から立ち去った後、警官が登場して付近を警らしているところ。また、和室で和食を食っているだけでも絵になっていて、こういう風景はもはや異文化になってしまったのだと痛感する。

終盤で周吉が「幸せは自分たちで作り出すもの」と紀子に説教する。これは戦後の復興精神を代弁しているような気がした。つまり、旧世代によって台無しにされた日本は新世代が何とかするしかない。紀子の自立は、当時GHQの占領下にあった日本の自立に通じるものがある。