海外文学読書録

書評と感想

押切蓮介『ミスミソウ』(2007-2009)

★★★

中学3年生の野咲春花は半年前、東京から雪国の中学校に転校してきた。彼女はクラスメイトからいじめを受けている。卒業まで残り2ヶ月ということもあり、教師もなあなあに済ませていた。やがていじめがエスカレート。春花の家が放火されて全焼する。妹は一命をとりとめるも、両親は死亡してしまうのだった。春花は放火犯たちに復讐する。

全6巻。

中学生の凄惨かつグロテスクな暴力を描いたところは『バトル・ロワイヤル』【Amazon】みたいだった。現実的な世界を舞台としながらも、現実から逸脱した狂気だったり、可能世界としての物語だったりを描くのはフィクションの特権だろう。これが実際に起きたら相当やばいわけで。それに人間の汚い部分はフィクションで摂取したほうがダメージが少ない。我々は安全地帯にいながら人間の獣性を目の当たりにできる。

いじめの誘引としてはまず田舎の閉塞感があって、舞台となる雪国にはとにかく何もない。カラオケもゲームセンターもレンタルビデオ店も存在せず、生徒たちは満たされない思いでいる。おまけに、彼らは家庭環境に問題があった。ある生徒の家庭では父親が母親を殴っているし、別の生徒の家庭では強権的な父親によって都会の高校への進学を断念させられている。彼らはまだ中学生なので逃げ場がない。日常的に不満が鬱積しており、ガス抜きとしていじめを行っている。

本作のいいところはグロテスクな暴力描写だ。一度腹を決めたら容赦なく命を奪いに行くところが爽快だった。大人しそうな春花でさえ、放火犯たちへの憎悪を剥き出しにして殺人に及んでいる。とりわけ秀逸なのが暴力シーンにおける各自の表情で、あの切羽詰まった表情は漫画でしか出せない味わいだろう。暴力に飢えたギラついた目、そして、思わぬ反撃を食らってうろたえる目。「目は口ほどに物を言う」とはよく言ったもので、本作は目の描き方に注力している。

春花の理解者に思えた相葉が一番歪んでいるところに意外性があった。こういう漫画って読んでいるうちに「誰がラスボスか?」という興味が湧いてくるのだけど、そこはちゃんと捻ってきている。いじめの主犯格である小黒とは話し合いで和解できており、春花は小黒を殺すことはなかった。ここは本作で唯一の救いである。一方、まったく救いがないのが佐山の境遇で、彼女は小黒にいじめられた反動で春花の家に放火し、春花から復讐の対象にされている。春花が転校してくる前は佐山がいじめの標的にされていたのだ。いじめから抜け出すには他人をいじめるしかない。しかしやりすぎた結果、今度はそのいじめた相手からの復讐に怯えることになる。こういう弱肉強食の構造こそが教室の力学で、佐山は最初から悲劇的な結末を運命づけられている。

というわけで、本作は田舎の閉塞感をよく表した漫画だった。こういうのを読むと、人間は田舎に住むべきではないと痛感する。