海外文学読書録

書評と感想

山田尚子『平家物語』(2022)

★★★★

平安時代末期。琵琶法師の娘びわ(悠木碧)は父を平家の武士に殺されてしまう。平家の屋敷に忍び込んだびわは、棟梁である平重盛(櫻井孝宏)に不吉な予言をするのだった。オッドアイのびわは片方の目で未来を見ることができる。一方、重盛もオッドアイを有しており、彼は片方の目で亡者を見ることができた。重盛はびわを自分の屋敷に住まわせることにする。

原作は古川日出男訳『平家物語』

全11話。

2022年の冬アニメでは1位2位を争う面白さだった(もうひとつは『王様ランキング』【Amazon】)。特に視聴者の代理人であるびわを創出しているところ、さらにそのびわを狂言回しにして平家の人たちの人間模様を描いているところがいい。世間では悪党とされる平家の人たちも、我々と変わらないやさしさがあり弱さがある。維盛(入野自由)や資盛(岡本信彦)、清経(花江夏樹)など、平家の人たち一人一人を血の通った人間として、個性的に描いているところが本作の特徴だ。原作だと文字のせいか人物の区別がつきづらいが、アニメだと図像としてひと目で区別できるようになっている。メディアの違いによってここまで分かりやすくなるのか、と感心した。

本作はびわの存在が絶妙だ。平家の内側に入り込んだびわは視聴者の代理人である。平家の内情を視聴者に見せる狂言回しである。びわは平家が滅ぶ未来を幻視するものの、その未来を変えることはできない。びわが見た未来は定められた運命として容赦なく実現していく。このように歴史に対して無力なところが視聴者と同じだ。視聴者にとって『平家物語』は過去の物語だから、どうあがいても関与することができない。既に起こった出来事は変えようがないのである。びわは現在から未来を見て、視聴者は現在から過去を見る。歴史の不可逆性を内と外から挟み撃ちにしているところが本作の妙味と言えるだろう。

びわと一緒に暮らした平家の子供たちが大人になるのに対し、びわはずっと子供のままである。これもびわが特異点であることの象徴で、彼女だけ時間の流れから外れている。1クールアニメの本作は、第1話から最終話まで3ヶ月しか時間が経過しない。それに対し、作中では15年もの時間が経過している。びわは視聴者の代理人である以上、視聴者と同じ時間軸に存在するのだ。歴史に身を置きながらも時間の流れを超越したびわ。本作の素晴らしさはこのような特異な語り部を創出したところにある。

それにしても、本作は後白河法皇が最強すぎる。平家にとっては目の上のたんこぶだが、だからといって殺すことはできない。たとえ敵でも幽閉するのがせいぜいである。平家は後白河法皇を生かしたせいで源氏の挙兵を許してしまった。日本史を振り返ると、天皇家を交えた権力構造が複雑で捉え難いものがある。なぜ権力者は天皇(上皇・法皇)を殺せないのだろう? 思えば、太平洋戦争で日本が負けたときも天皇を殺せなかった。やはり天皇は最強なのである。