海外文学読書録

書評と感想

ルネ・クレール『リラの門』(1957/仏=伊)

★★★★

無職で飲んだくれのジュジュ(ピエール・ブラッスール)は家族からは疎まれていたものの、地元の人たちからは好かれていた。ある日、近所に住む友人・芸術家(ジョルジュ・ブラッサンス)の家に殺人犯のピエール(アンリ・ヴィダル)が逃げ込んでくる。2人は成り行きから匿うことになった。やがてピエールの存在が酒場娘のマリア(ダニー・カレル)にバレることに。マリアはジュジュが密かに思いを寄せる女で……。

大人のおとぎ話になりそうなところをギリギリで回避している。これはつまり、お人好しの善意が必ずしも報われるわけではない、ということなのだろう。やさしさで感化できるほど人間は甘くない。本作は人間とは何なのかをわずか100分の尺で示していて面白かった。

無職で飲んだくれているうえ、時に盗みを働くジュジュは資本主義の倫理から外れている。しかし、人道からは外れない生き方をしていて、自分たちの元に転がり込んできた殺人犯を匿っている。常人だったら迷うことなく官憲に引き渡すところだろう。法に従うのが近代市民の嗜みなのだから。ところが、ジュジュはそうしない。自分と縁ができたから成り行きで相手を助けている。ジュジュの行いは法の支配に背くものだけど、しかし世の中には法を超えた人情というものがあり、彼はそのことを直感的に理解していた。冒頭でジュジュは「みんな汚れている」と芸術家に言い放つ。自分と芸術家以外は汚れている、と。資本主義の倫理から外れているがゆえにイノセントなところは、現代人から見ても納得できるものがある*1

ピエールの人物像がなかなか複雑で、それゆえに本作を名作たらしめている。当初は怯えた小動物のような感じで、ジュジュたちに敵意を剥き出しにしていた。ところが、落ち着いてからは徐々に警戒レベルが下がり、遂にはジュジュのことを「唯一の友達だ」と認めることになる。追い詰められて精神的に余裕がなかったところから、段々と余裕ができて相手の善意を受け入れるようになったのだ。ただ、そうは言っても完全に改心したわけではなく、要所要所で不安定なところを見せている。そして、終盤では思わぬ展開を迎えるのだった。

ジュジュをイノセントな人間として造形しながらも、物語を性善説で終わらせないところが本作のすごさだろう。一人の人間の中には善も悪も混ざっていて、その時々で違った部分が表出する。多くは環境がもたらす精神状態によって左右される。本作は人間を捉える解像度が抜群に高かった。

*1:ジュジュが子供たちの間で人気なのは、彼が「大人」ではないからだ。自分たちと同じイノセントな存在と見なされているからである。