海外文学読書録

書評と感想

ジョン・カーペンター『遊星からの物体X』(1982/米)

★★★★

1982年の南極大陸ノルウェーの観測隊がヘリコプターで犬を銃撃しながらアメリカの観測基地にやってくる。ノルウェーの隊員がアメリカの隊員を銃撃してきたため、応戦して射殺する。R・J・マクレディ(カート・ラッセル)らがノルウェーの基地を調査した結果、生物に寄生する「物体(The Thing)」の存在が明らかになった。その「物体」はグロテスクな形状をしており、生物に寄生して同化していく。

原作はジョン・W・キャンベル「影が行く」【Amazon】。『遊星よりの物体X』【Amazon】に続く2度目の映画化。

あまり予算がかかってなさそうなB級ホラーだけど、「物体」の造形がグロテスクでとても良かった。CGでは表現しきれない生々しさがあったと思う。エイリアンやプレデターは生物としてきっちりした外見を持っていて、あれはあれで芸術的な造形である。一方、本作に出てくる「物体」も、グロテスクな造形に独特の味わいがあって、同じくらい芸術性を感じさせる。思うに、生物とは内臓も含めて存在自体が奇跡で、どんな形をしていても人々の感興をそそるものだ。そして、本作の「物体」はその究極に位置しており、彼らが登場するシーンは怖いもの見たさでつい凝視してしまう。場面によって様々な形態を見せる「物体」たち。本作はストーリーよりも「物体」の芸術性を堪能する映画だろう。

基地の隊員たちが置かれた状況はまるで人狼のようだ。人間に同化した「物体」が隊にしれっと紛れ込んでおり、仲間を増やすべく虎視眈々としている。隊員たちはそのことを分かっているから疑心暗鬼になる。あわや同士討ちというところまで取り乱す。ここで面白いのは、人間をむやみに殺さないという「倫理」が隊内で貫かれているところだ。発狂して暴れた隊員のことは殺さずに隔離しているし、周囲から疑いをかけられたマクレディは薄氷を踏むような状況でありながらも、隊員を集めて「物体」を判定するためのテストをしている。この「倫理」は傍から見たら制約だけど(言うまでもなく、「物体」のほうにはこのような制約はない)、同時にこの制約が映画をホラーとして成り立たせている。

最後にアメリカの観測基地がボロボロになるのは、序盤で示されたノルウェーの基地の反復で、これはもうこの手の映画のお約束である。でも、こういう伏線をきっちり回収しないと収まりが悪いから困ったものだ。分かっていてもやめられないからこそ、お約束として長く続いている。