海外文学読書録

書評と感想

ダニー・ボイル『イエスタデイ』(2019/英=米)

イエスタデイ (字幕版)

イエスタデイ (字幕版)

  • ヒメーシュ・パテル
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★★★★

イギリスの田舎町。シンガーソングライターのジャック(ヒメーシュ・パテル)は近所のスーパーで働きながら音楽活動をしていたが、まったく人気が出なくて夢を諦めかけていた。そんな彼を幼馴染のエリー(リリー・ジェームズ)がマネージャーとして支えている。ある日、世界中で12秒間の停電が発生、その間にジャックはバスに撥ねられて昏睡状態になった。目が覚めると世界からビートルズの存在が消えている。ジャックはビートルズの曲を盗作して人気を得る。

落としどころがしっかりしていて後味が良かった。単純なサクセスストーリーで終わらせないところが素晴らしい。そりゃ盗作した曲で富と名声を得てはまずいからな。また、ビートルズへのリスペクトも十分で、『ボヘミアン・ラプソディ』よりも楽しんで観ることができた。

ポップ・ミュージックが多かれ少なかれ先行する曲のパクりで成り立っていることを考えると、ビートルズの曲を丸ごと頂く行為は随分な皮肉だ。そりゃヒット曲をそのままパクったら売れるに決まっている。成功は約束されたようなものだ。最近、小山田圭吾が過去の言動をほじくり返されて炎上したけれど、彼が昔やってたフリッパーズ・ギターというバンドは洋楽のパクりで有名だった。しかし、ミュージックシーンにおいてはそれが許されるのである。パクリ元が遠く、さらに少しでもオリジナリティがあればそれは盗作ではないのだ。盗作がすべてを頂く行為だとすれば、パクりは一部を頂く行為である。本作のジャックはビートルズが存在しないことをいいことに盗作をしているわけで、これを最後まで無邪気にやり抜くのは倫理的に難しい。本作のようなif世界は誰もが一度は夢想する状況ではあるものの、いざ物語にすると穏当な範囲に収める必要がある。本作はその収め方がしっかりしていた。

本作は小ネタが面白い。ビートルズが存在しない世界ではオアシスも存在しないとか。エド・シーランに「君はモーツァルト。俺はサリエリだ」と言わせるとか。曲を盗作したジャックが「ポップ・ミュージックのシェイクスピアだ」と評されるとか。アルバムの名前を決める際、「ホワイト・アルバム」が多様性の問題で却下されるとか。「ヘイ・ジュード」が「ヘイ・デュード」に改変されるとか。そして何よりも良かったのが、ジョン・レノンが21世紀の現在まで生きているところだ。ビートルズが存在しなかったゆえに殺害されず、78歳と長命を保っている。ここは素直に感動した。

男女のロマンスは退屈な手続きという感じだけど、しかしこれがないと締まらないのも事実だ。ハッピーエンドには不可欠な要素である。娯楽映画には娯楽映画の文法があって、それを守ることが後味の良さに繋がる。人の心の動きって意外と単純なのかもしれない。