海外文学読書録

書評と感想

小杉勇『東京五輪音頭』(1964/日)

★★

大学生のミツ子(十朱幸代)は水泳のオリンピック候補になれるレベルだったが、祖父(上田吉二郎)の強い反対を受けてそのことを黙っていた。近所には三波春夫にそっくりの寿司屋・松吉(三波春夫)、ミツ子と親しい勇(山内賢)、寿司屋の店員・正光(和田浩治)がおり、彼女のことを応援している。勇と正光にはブラジル行きの話が舞い込んでいた。

東京五輪音頭」は1964年東京オリンピックのテーマソングらしい。この曲は作曲家が録音権を各レコード会社に開放しており、三橋美智也坂本九など色々な人が歌っている。中でも三波春夫盤のレコードが一番売れているとか。

そんなわけで、本作は東京オリンピックに便乗した映画である。三波春夫はちょい役かと思ったらだいぶ出番があって、終わってみればほとんど彼のPR映画だった。最後に15分ほど彼のワンマンショーがある。三波春夫は意外と演技が上手いので、役者として見ているぶんには気持ちいい。けれども、歌手としてはまったく思い入れがないため、最後のワンマンショーは見ていて退屈だった。まあ、ファンだったら楽しめそう。

途中までは三波春夫がなぜこんなに演技が上手いのか不思議に思っていたけれど、最後のワンマンショーを見たらその疑問が氷解した。演歌歌手は歌っている最中、絶えず聴衆に向けた身体表現を行っているのだ。その有り様は舞台役者のようでもあるし、落語家のようでもある。つまり、歌唱している間は常に一人芝居をしているわけで、それが俳優としての達者な演技に繋がっている。

本作の面白いところは、ブラジルへの移民話がサブプロットにあるところだ。昔の日本人が仕事を求めてブラジルに渡っていたことは仄聞していたけれど、それが日本の高度経済成長期まで存在していたとは思いもよらなかった。しかも、ブラジル行きを誘っているおばさんが大農場の持ち主で、そこらの日本人よりもよっぽど金持ちなのである。1960年代は日本の景気も上向きだったから、この時点で移民話に乗ったらおそらく後悔しただろう。ここからぐんぐん日本は豊かになっていく。でも、当時の人にはそれが分からない。未来のことは誰にも分からないからこそ選択は困難なのだ。移民すべきか、しないべきか。このサブプロットは見ていてやきもきする。

メインのプロットはどうってことない。水泳を続けたいミツ子に対し、祖父が家父長的な権力で立ちふさがっている。祖父が反対している理由が実にしょうもなく、この辺はもっと捻ってほしかった。あと、ヒロインは十朱幸代よりも友人役を演じた山本陽子のほうがふさわしかったと思う。山本陽子が令和の時代でも通じる美しさなのに対し、十朱幸代はいかにも昭和って感じの野暮ったい風貌だった。