海外文学読書録

書評と感想

ジョナサン・サフラン・フォア『エブリシング・イズ・イルミネイテッド』(2002)

★★★★

ウクライナ。大学生のアレックスが、アメリカからやってきた作家の卵ジョナサン・サフラン・フォアの通訳をすることになる。ユダヤ人のジョナサンは、祖父をナチスから救ってくれた女性を探そうとしていた。さらに、作中には自分の曾々々々々祖母から説き起こしたジョナサンの小説や、アレックスからジョナサンに宛てた手紙が挿入される。

ブロドは六一三の悲しみを見つけた。それぞれが独特な、それぞれが別の感情で、怒りや喜び、やましさ、苛立ちではもちろん、ほかの悲しみにも似ていない。鏡の悲しみ。飼い馴らされた鳥の悲しみ。親の前で悲しくある悲しみ。滑稽さの悲しみ。解き放たれない愛の悲しみ。(p.113)

これは面白かった。ユダヤ人のルーツ探しという重くなりがちな題材を扱っているけれど、随所にコミカルな要素を入れたり、悲劇と距離を置くメタフィクションに仕立てたり、その重さが軽減されている。21世紀の文学、とりわけアメリカ文学は月並みな語り方をしない。タイポグラフィメタフィクション、意図的な誤字脱字。様々な文学的手法を駆使しながら、複数のプロットをひとつの出口へと収斂させている。本作は17年前の小説だけど、今でも全然古びてなくて、むしろ「新しい小説を読んだなあ」という気分になった。

移民文学については、翻訳家の都甲幸治が『カズオ・イシグロ読本』【Amazon】の中で次のように述べている。

1世は外国暮らしの疎外感と母国への想いを語り、2世は言語的文化的に異なる親世代とのすれ違いや社会の差別を描く。そして3世以降はルーツ探しに明け暮れる(p.112)

これが本作にもぴったり当てはまっていて感心した。というのも、著者のジョナサン・サフラン・フォアは移民3世なのだ。さらに、解説の新元良一によると、アメリカにおいてルーツ探しは普通のことのようで、成人になるとみんな祖国を訪ねるのだという。先祖代々水呑み百姓だった僕には想像もつかないことで驚いた。でも、実は似たようなことならしたことがある。僕は小学生のときに転校したのだけど、大人になってから転校前の土地を一人で探訪した。考えもなしにふらっと旅行したのだ。移民のルーツ探しとはスケールが違うものの、こういうのは人間の本能なのかもしれない*1

本作みたいなメタフィクションの場合、物語にどれだけ感情移入すべきかという問題がある。これはあくまで作中人物が書いたものだと明示されており、メインとなるテクストの合間に創作の裏話を書いた手紙が挟まれている。そこには作中人物による論評なり感想なり意図なりが書かれているのだ。あくまで創作であることを念押しされているので、読者としても物語をベタに消費することができない。読者と物語の間にワンクッション距離が生まれている。その裏には本作を物語としてではなく、文学として消費させる狙いがあるのだろう。近視眼的にではなく、もっと俯瞰的に読ませたい。この辺が文学の文学たる所以で、エンターテイメントとは一線を画していると思う。

なお、本作は『僕の大事なコレクション』【Amazon】というタイトルで映画化されている(未見)。

*1:今ならGoogle Mapで探訪できるので便利だ。ストリートビューで町並みを確認することができる。