海外文学読書録

書評と感想

トム・ロビンズ『香水ジルバ』(1984)

★★

中世ヨーロッパ。とある小国を治めていたアロバー王が、しきたりによって死を強制されることになる。そこでは王に老衰の兆しが現れたら、彼を殺して新王に跡を継がせることになっていた。アロバーは寵妃の手引きで東へ逃げ、ラマ僧の暮らす土地で寡婦のカダラと出会う。そして、2人で〈不老不死〉を探求する。

「世界は丸い」歩調に合わせて、彼は歌った。

「生命は並べ替えも可能

人間はいろんなものになれる

おれは自由で特別な人間だ

そして世界は丸い、丸い、まあるい球」(p.59)

中世から現代まで千年を生きる壮大な物語だけど、話が現代に合流してから急速につまらなくなった。正直、物語の要になる香水なんて全然興味ないし、時空を越えたドタバタ劇も好みではない。唯一面白かったのが死生観についての議論で、アロバーとカダラが不老不死を遂行するにあたって哲学的な知見を示している。

始皇帝が不老不死を夢見てあれこれ手を尽くしたのは有名だし、僕も若い頃は不老不死についてあれこれ空想した。たぶん、みんな一度は考えるのではないか。でも、不老不死ってあくまで細胞が劣化しないだけで、生身である以上は病気も怪我もするから、結局は無敵というわけでもない。歳を重ねて分かったのは、とにかく人間は病気に罹るということだ。インフルエンザ、尿路結石、帯状疱疹。ここ数年で僕が罹った病気がこれらだ。たとえ千年・二千年を生きたとしても、健康のまま日常生活が送れるとは思えない。大小様々な病気に罹ることは必至だ。そして、その中には猛烈な苦痛を伴うものも含まれるし、運が悪かったら一生ものの難病に罹る場合だってある。さらに、怪我については言うまでもないだろう。車に跳ね飛ばされて半身不随になる。暴漢に日本刀で斬りかかられて腕を切断される。いくら不老不死になったとしても、生身の人間が味わう苦しみからは逃れられないのだ。だから苦痛を背負って生きる覚悟がない限り、人間は不老不死を目指してはいけないのである。

しかし、そうは言っても健康なまま長生きしたいのが本音だ。まるで老人みたいな言い草だけど、率直に言って僕は焦っている。人生の残り時間が限られていることに。ここ数年、僕は自分の寿命を意識してとにかく無駄な時間を過ごすまいと躍起になっていた。僕のライフワークは「文学を極めること」だけど、どうやら人生の残り時間でそれを達成できそうにない。そのことが分かって酷く落ち込んだくらいだ。どうすれば目標に近づけるだろう? どうすれば悔いのない人生を送れるだろう? そのためにはまず時間の無駄をなくすしかない。そう思った僕はまずゲームをやめ、声優ラジオを聴くのをやめ、相撲は幕内後半のさらに後半だけ観ることにした。選択と集中によって生活のスリム化を図ったのである。そのことが僕の人生にとってどれだけプラスになったのかは分からない。ただ、「何だか時間に追われてるな」と思うようにはなった。

やりたいことをすべてやるには時間が足りない。人生とはつくづく残酷である。