海外文学読書録

書評と感想

シャネル・ベンツ『おれの眼を撃った男は死んだ』(2017)

おれの眼を撃った男は死んだ

おれの眼を撃った男は死んだ

 

★★★★

短編集。「よくある西部の物語」、「アデラ」、「思いがけない出来事」、「外交官の娘」、「オリンダ・トマスの人生における非凡な出来事の奇妙な記録」、「ジェイムズ三世」、「蜻蛉」、「死を悼む人々」、「認識」、「われらはみなおなじ囲いのなかの羊、あるいは、何世紀ものうち最も腐敗した世界」の10編。

あたしはごろりと寝返りを打ってジャクソンと向きあい、無精ひげの生えた顎を額で押した。どうしてあたしを兄さんみたいにさせたいの?

罪の落とし子でいるほうがいいのか?

もうとっくにそうなってる。(p.24)

以下、各短編について。

「よくある西部の物語」。南北戦争後の西部。おじの元で虐待されながら暮らしていた少女ラヴィーニアが、突然迎えに来た兄ジャクソンに引き取られる。ジャクソンはニューメキシコで血と暴力にまみれた生活をしていた。ジャクソンは人殺しも厭わないほど非情なのだけど、妹のことは本気で可愛がっていて、死の直前までその安否を心配している。情と無情が混在している彼の人物像があって、さらにああいう非情な結末になるところが、本作に詩情をもたらしているのだった。ラヴィーニアはどうすれば幸せになれたのだろう?

「アデラ」。オールドミスのアデラは、若い頃パーシーという男と駆け落ち寸前にまでなった。子供たちが2人の恋愛を成就させようと画策する。一方、アデラはクィルビーという紳士といい関係になり……。現代においてPCに反する要素をフィクションに入れるとしたら、遠い過去を舞台にするしかないのだと思う。本作は注釈のついた古典という体裁になっていて、ここまですれば世間からバッシングされる心配もないだろう。古い価値観の物語と新しい価値観の注釈がせめぎ合う。その様子が面白い。

「思いがけない出来事」。ルーシーという中年女がヒッチハイクではるばる父親の住んでいる州にやってくる。ルーシーの母親は癌で死にかけており、死ぬ前に父親と離婚したがっていた。ルーシーは母親の使いで離婚届にサインさせようとする。アメリカ人って離婚率が高いし、シングルマザーは多いし、犯罪に手を染めている者も少なくない。あの国で円満な家庭を築くのは困難ではないかと思える。世界一の超大国がこれでは希望がない。

「外交官の娘」。ナターリアとエリックは、ベイルートでただならぬ事業をしていた。そんな2人の人生を時系列を錯綜させて物語る。場所が場所なのでだいたいのことは察せられるけれど、話が2人の出会いに行き着いたところはなかなか感動的だった。どうして人は簡単に道を踏み外してしまうのか。人間は平和ボケしてるくらいが一番だ。

「オリンダ・トマスの人生における非凡な出来事の奇妙な記録」。1840年に出版された黒人奴隷の手記。奴隷だったオリンダ・トマスは、才能を見込まれて白人クロフォードに買われる。クロフォードはオリンダを自由にし、パートナーとして共同生活するのだった。オリンダは詩作をし、手記を認める。人間が残酷なのか、世界が残酷なのかは分からないけれど、この時代のアメリカは異常と言うしかない。クロフォードはオリンダに対する裏切りが返って自分の寿命を縮めていて、あのラストは余韻があった。

「ジェイムズ三世」。少年は服役中の実父を慕っており、暴力を振るう継父を嫌っていた。家に帰った少年は拳銃を持って継父と対峙するが……。こういう崩壊した家庭ってアメリカあるあるだな。特に黒人の場合、服役してなんぼってところもあるし。それはともかく、3代続けて同じ名前を受け継ぐ文化はちょっと憧れるかも。日本だとせいぜい先祖の名前を一文字拝借するくらいだからね。それだって百姓の僕には関係ない。

「蜻蛉」。刑務所で服役して亡くなった祖父ロバートの手記。ロバートと双子の妹イザベラは、母をインチキ医療で亡くした。そこでイザベラがハサミを持ってあることをする。これはぞっとする結末で、ゴースト・ストーリーというか、はたまた狂人の妄想というか、とにかくそういう類のおぞましさがある。いやはや驚いたね。

「死を悼む人々」。夫を亡くしたエメリンが、父親に呼び戻される。父親は片目を撃ち抜かれて眼帯をしていた。彼は詐欺まがいの阿漕な商売をしており、エメリンを町長と結婚させようとする。『連ちゃんパパ』【Amazon】を読んだときにも思ったけど、人間は自分の欲望に忠実に生きるとクズになる。だからどこかで自制して譲らなければならない。父親のクズっぷりには唖然とするほかなかった。

「認識」。学者のリー・ビブがパーティー会場で赤い髪の女と出会う。彼女のことは見覚えがあった。2人は発掘された遺体を見に行く。不毛の土地で暮らした複数の一家の話、これが何やら神話的だなと思っていたら、何と現代にまで繋がっていた。2人がなぜここに来たのかといったら、自分のルーツを探るためであり、それは移民の子孫で形成されるアメリカの気分を反映している。

「われらはみなおなじ囲いのなかの羊、あるいは、何世紀ものうち最も腐敗した世界」。年老いた書店主のジェロームは、かつて修道士をしていた。当時は国王が教会から独立を奪おうとしており、若かったジェロームは国家権力のスパイになるよう説得される。ヘンリー8世とトマス・クロムウェルの逸話は、欧米社会では有名なようだ。『ウルフ・ホール』を読んでいて良かった。ジェローム修道院長の関係、そしてそこから復讐へと至る話の流れがせつない。