海外文学読書録

書評と感想

アッバス・キアロスタミ『桜桃の味』(1997/イラン)

桜桃の味(字幕版)

桜桃の味(字幕版)

  • ホマユン・エルシャディ
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★★★

バディ(ホマユン・エルシャディ)は四輪駆動車を走らせながら自分の依頼を引き受けてくれる人を探していた。その依頼は変わっていて、自分が穴で横たわっているところを朝6時に声をかけ、返事があったら助け、なかったら土をかけてほしいというのである。それは自殺幇助だった。バディはクルド人の兵士やアフガン人の神学生に声をかけるも断られる。そして、3人目に声をかけたトルコ人の剥製師に引き受けてもらうのだった。

ほとんどが車内を舞台にした会話劇で、バディが相手を説得する様子に時間を費やしている。バディがなぜ自殺したいのかは明かされないし、また、奇妙な自殺方法を選ぶ理由も明かされない。それは会話劇を進行させる前提として、特に掘り下げることもなく設定されている。メインとなるのはバディがいかにして相手を説得するのか。そして、相手にはどういう背景があり、どういう価値観を持っているのか。それを自然な会話の流れで提示している。

バディが人々の経済状況を尋ねるのは自分の仕事を頼みたいからで、話の持っていき方がリアルな交渉術として面白い。雑談のように見えて実は目的のある会話をしている。いきなり本題に入っても相手は困惑するだけなので、搦め手から攻めようというのだ。だから相手の物語もちゃんと聞いている。バディは自分の依頼が受け入れがたいのを知っているから、会話の段取りにはことのほか気を使っているのだ。掴みどころのない話から一転して押せ押せモードに。最終的にはとにかく稼げるのだということを強調している。

相手によって説得のロジックを変えているのも面白い。クルド人の兵士に対しては即物的だったけれど、アフガン人の神学生に対しては宗教的な見地から攻めている。ここで興味深いのは市井の人の精神性が分かるところで、兵士も神学生も人並みに倫理観がある。金や人助けの名目で自殺幇助をすることはない(かといって、自殺を思いとどまるよう説得することもない)。奇妙な依頼に対する応答としては極めてまっとうである。

トルコ人の剥製師は前述の2人とは変わっていて、バディに対して自殺を思いとどまるよう説得している。その際、彼自身が桑の実に命を助けられたエピソードを披露するのだった。よき理解者とばかりにバディを説得する様子は、それまでとは主客が転倒していて面白い。さらに、そういうことをしていてなお、依頼を引き受けてしまうところも笑ってしまう。剥製師は子供のために金が欲しかったのだ。この矛盾した言動はなかなか人を食っていて、人間の複雑さにただ呆れるのみである。

ラストは意外性があるものの、あまり主題と関係があるようには思えず、奇を衒いすぎていささか浮いていた。言い方を変えれば、滑っている。映画の流れからするとすこぶる不自然だ。ただ、自殺についてはバディが剥製師の元を訪れ、小石を投げるよう頼んだところで答えが出ているので、さほど消化不良という感じはしなかった。