海外文学読書録

書評と感想

アッバス・キアロスタミ『そして人生はつづく』(1992/イラン)

そして人生はつづく(字幕版)

そして人生はつづく(字幕版)

  • ファルハッド・ケラドマンド
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★★★★

1990年にイラン北部で地震が発生し、多くの犠牲者を出す。映画監督アッバス・キアロスタミ(ファルハッド・ケラドマン)とその息子(プーヤ・パイバール)は、『友だちのうちはどこ?』の舞台になったコケール村を目指して車を走らす。道中、家屋は倒壊して瓦礫の山が積み上がっていた。親子は被災者たちの話を聞いていく。

ドキュメンタリー風のロードムービー。やはり舞台の珍しさで得をしている。相変わらず、ロケーションが素晴らしかった。

基本的には地を這うような視点から被災した土地の様子を映しているのだけど、時折車が立ち往生した様子をロングショットで捉えていて、全体的にカメラワークが良かった。空撮はない代わりに、地形の高低差を利用した俯瞰ショットが使われている。山と坂道しかないような土地なので、ロングショットもだいぶ手間がかかってそうだ。

まず目についたのが、道に亀裂が入っているのを横からロングショットで映したところで、これを車で越えるのは無理ゲーだろと思った。事前に村人が警告していたのは本当だったのだという驚きがある。また、ラストもロングショットの使い方が抜群で、坂道を登ろうとする車を遠くから根気よく捉えている。一度は登るのに失敗したものの、2度目は見事に成功して登り切った。そしてその際、坂の上を歩いていた男性を車でピックアップしている。実は最初にこの男性が「車に乗せてくれ」と頼んてきた際、一度はそれを無視して走り去ったのだ。ところが、その男性は無下にされたにもかかわらず、車が立ち往生した際には助けてくれている。車のほうも今度はしっかり恩を返したのだ。このシーンはそういった善意の応酬も去ることながら、坂道=人生というメタファーも効いていて、「そして人生はつづく」といった感じで幕を閉じている。ここはカメラワークとドラマが絶妙に噛み合っていた。

そして、本作はナラティブの映画でもある。車で旅をする親子が、期せずして被災者たちの物語を収集する。地震のことはすべて言葉によって、瓦礫を背景にして語られるのだ。村上春樹が『アンダーグラウンド』【Amazon】で地下鉄サリン事件の被害者たちから物語を引き出したように、本作の親子も被災者たちの物語を引き出していくのである。震災の翌日に結婚した話、サッカーの国際試合の話、何人も知人を亡くした話。人によって語ることは様々で、本作にはナラティブの魅力が詰まっている。

現地の人たちが余所者を信用しているところもポイントが高い。ガスボンベを担いでいた女性は監督の運転する車に荷物を預けているし、監督のほうも息子のジャケットを水場にいた女の子に預けている。みんな盗まれる心配など少しもしていない。これが日本やアメリカだったら多少は警戒するはずで、善意の応酬が気持ちよかった。