海外文学読書録

書評と感想

アンドレイ・タルコフスキー『ノスタルジア』(1983/伊=ソ連)

ノスタルジア(字幕版)

ノスタルジア(字幕版)

  • オレーグ・ヤンコフスキー
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★★★★

ロシアの詩人アンドレイ(オレーグ・ヤンコフスキー)が、通訳のエウジェニア(ドミツィアナ・ジョルダーノ)と共にイタリア中部を訪れる。目的は作曲家の取材だった。間もなく2人は温泉街へ。そこでアンドレイはドメニコ(エルランド・ヨセフソン)と知り合う。ドメニコは終末が訪れると信じて家族を7年間幽閉していた。アンドレイはドメニコから世界の救済を託される。

映像に集中したせいで話が頭に入ってこなかった。色彩と構図が石造りの建物を工芸品のように見せていて、ヨーロッパの町は存在自体が芸術ではないかと思わせる。

湯気の立つ温泉をゆっくりと水平移動していくショットがいい。石造りの塀に沿ってカメラが進んでいき、石造りの建物までたどり着く。終着点では湯気による朧げな風景とくっきりした風景のコントラストが見られて最高だった。

石造りの建物を背景にした長回しも印象的だ。まずエウジェニアがアンドレイとドメニコの間を行き来する。その後、アンドレイが満を持してドメニコの元へ向かっていく。その様子を真横からカメラの水平移動によって捉えている。ここもやはり建物の存在感が抜群で、ヨーロッパは何をしても絵になるからずるい。

また、水平移動だけではなく、奥行きを利用したショットも使われている。少し離れた場所からアンドレイを映し、カメラはゆっくりと後退していく。アンドレイの前後にはアーチ状の出入り口があり、彼はそのフレームに収まっていた。そして、アンドレイはおもむろに手前のカメラに近づいてくる。ところが、目の前で立ち止まってもカメラは後退をやめない。少し距離を置いて広い範囲をフレームに収めている。この前後の動きも神がかっていた。

世界の救済を託されたアンドレイは、ロウソクに火を灯して温泉を渡る。これが何を意味するのか皆目見当がつかないが、何かの境地にたどり着くには何らかの儀式を必要とするのだろう。民話から神話まで、物語とは常にそうあり続けてきた。アンドレイは3回目の挑戦でミッションに成功し、今生から離れて夢幻の世界へと入り込む。彼が見た光景はノスタルジーを感じさせるもので、それは監督の内面にまで関心が及ぶものだった。実際、本作が完成した後に監督は西側に亡命しているわけで、これは私小説的な映画なのだということが分かる。最後に出てくる母親への献辞が味わい深い。

預言者の役目を担ったドメニコは、聴衆の前で演説した後、自らの体に火をつけて自殺する。アンドレイも最後は死を暗示するような倒れ方をしたわけで、救済とは今生から離れることで初めて成し遂げられるのかもしれない。