海外文学読書録

書評と感想

和久井健『新宿スワン』(2005-2013)

★★★

ゼロ年代初頭の歌舞伎町。パチンコに負けて腐っていた白鳥龍彦が、真虎に誘われスカウト会社バーストで働く。当初は近場で勢力争いをしていたが、いつしか壮大な計画に巻き込まれていく。

全38巻。

スカウトや闇金、ホストなど、裏社会の紹介漫画っぽいと思っていたら、終盤では本格的な抗争ものになっていて、それなりに面白く読んだ。横浜王国編からエンジンがかかってきたと思う。基本的には半グレの世界を扱っているのだけど、えげつないことが描かれているわりにはさして嫌悪感をもよおすこともなく、終わってみれば歌舞伎町に愛着さえ抱いているのだから不思議だ。

それもこれも作中にロマンチシズムが流れているからだろう。主人公のタツヒコはDQNっぽい見た目のわりに正義感があり、純情で愛嬌もある。それゆえ上司や女たちに騙されるものの、持ち前の愚直さで人望を得ている。一般人でも感情移入しやすいキャラクターだ。本作はそんなタツヒコが周囲を感化していくから気持ちいいし、また、こちら側の人物はだいたい一本気だから好感が持てる。暴力性と表裏一体にある人間性は一般人とあまり変わらず、だからこそ見た目がDQNでも突き放さずに済むのだ。特筆すべきは、揉め事の決着をタイマンの殴り合いでつけていることだろう。それも一度や二度ではない。要所要所で敵と殴り合い、拳を交えたうえで和解している。この辺のロマンチシズムがまるでヤンキー漫画みたいで興味深い。結局のところ、出てくるのは理想化されたDQNであり、作風としてはヤンキー漫画の伝統を踏襲しているのだ。DQNでもヒーローになれるところがフィクションのいいところで、本作は一般とは異なる世界を見せる覗き窓になっている。

感動エピソードの多くに「愛」が絡んでいて、それは性愛や姉妹愛、果ては仲間への愛など、ある程度の幅がある。ここもロマンチシズムが全開で、汚い世界だからこそ「愛」が輝くような形になっている。裏社会においていかにして人間性を保つか、という問題意識が本作の底流にあり、それは最終的にタツヒコと真虎が対比されるところにまで至る。

終盤でヤクザの抗争ものになってからはあまり興味が持てず、その構想力に感銘を受けた反面、手放しで褒めるほどのめり込むことはなかった。終わってみれば、随分遠くに来たなあ、という感じである。構想力に関しては、登場人物の再利用が上手いところが目立っていて、これが当初から考えていた伏線なのか、それとも後になって付け足したものなのか、いずれにせよ意外性のある人物起用だった。惜しむらくは、裕香をもう少し活用してほしかったかな。いつの間にか消えていたので。