海外文学読書録

書評と感想

福本伸行『最強伝説 黒沢』(2003-2006)

最強伝説 黒沢 1

最強伝説 黒沢 1

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★★★

2002年。44歳の土木作業員・黒沢は自分の人生が充実してないことに気づき、「人望が欲しい!」と願うことになる。当初は職場で浮いたことをして同僚たちから白眼視されていたが、様々な喧嘩をこなしていくことで成長し、仲間を増やしていく。

全11巻。

冴えない中年男を主人公に人間の尊厳だったり矜持だったりを描いているのだけど、昔から僕はこの手の浪花節とはどうしても距離を置いてしまう。いいことが描かれているのは理解できる。読んでいて心を動かされたのも事実だ。しかしそれは結局他人事で、自分の人生とは一ミリも掠らないなと突き放してしまう。

主人公を戯画化しすぎているのも不満で、黒沢の人物像にあまり現実味がない。もちろんこれには理由があって、彼に漫画的な冒険をさせるためだ。エンターテイメントとして読者を楽しませつつ、ここぞというときに浪花節を効かせなければならない。そして、黒沢を活躍させるには彼にそれ相応のスキルを持たせる必要がある。そのスキルとは腕力と機知で、黒沢は恵まれた才覚を用いて喧嘩を勝ち抜き、最終的には小さな英雄になるのだった。しかし、それは「等身大の中年男」という造形から明らかにはみ出している。だいたい現実の中年男はホームレス編のホームレスみたいなもので、腕力もなければ喧嘩沙汰で機知を発揮することもない。そもそも殴り合いの喧嘩自体しないだろう。尊厳や矜持を試されるのは日常の中でしかなく、そういった現実との乖離が他人事と感じる一因になっている。

40代のおっさんが中学生の不良集団とやり合うシチュエーションが面白かった。大の大人が中学生と張り合う。傍から見ると大人げないのだけど、それゆえに泥臭く取っ組み合う様子に言い知れぬ哀愁を感じる。対する不良集団も凶悪で、金属バットで脳天をかち割りに来るのだから油断ならない。さらに親玉がぶっ飛んでいて、中学生ながら身長190cm、ノミ屋の運営で荒稼ぎをし、会員制のバーで豪遊している(2人も女を侍らせている)。しかも、帰国子女で複数の外国語が話せた。こういう突き抜けたキャラを臆面もなく出してくるところはさすが漫画という感じがする。

浪花節がもっとも発揮されたのが最後のホームレス編で、どん底の人生でも守るべき矜持があるというメッセージには心を打たれた。とはいえ、前述したように我々が尊厳や矜持を試されるのは日常の中でしかない。どちらかというと、年下の現場監督に嫉妬していた序盤のほうが人間臭くて感情移入できた。人望を得ようと空回りする様子にあり得えたかもしれない自分を見出してしまう。