海外文学読書録

書評と感想

岡本喜八『日本のいちばん長い日』(1967/日)

★★★★

1945年8月。昭和天皇松本幸四郎)と鈴木貫太郎笠智衆)内閣はポツダム宣言の受諾を決定する。ところが、陸軍大臣阿南惟幾三船敏郎)は煮え切らない態度だった。やがて宮城事件が勃発、青年将校たちが日本政府の降伏を阻止しようとする。

史実は変えようがないから、映画としては俳優の演技や場面の構成で差をつけるしかないのだけど、本作はその部分でかなり頑張っていた。俳優は軒並み暑苦しい演技をしているし、全体の構成は初見でも分かりやすい。特に青年将校たちの狂気が上手く表現されていて、戦前の愛国教育は失敗だったと嘆息することになった。過度な天皇崇拝がああいう出来損ないどもを生んでしまったので、二度と同じ過ちを犯さないよう教育には細心の注意を払う必要がある。

印象的だったのが、登場人物が顔に汗を浮かべているところ。当時はエアコンなんてなかったうえ、真夏なのにスーツを来ているから、閣僚たちは屋内でも汗まみれになっている。さらに、軍人に至っては詰め襟の軍服を着ているのだから頭がおかしい。よく熱中症で倒れなかったものだと感心した。

300万人も死んだから本土決戦をやろう、という陸軍の主張はサンクコストを無視している。それまでに何人死んでいようが、これからの損失を考えたら降伏がもっとも合理的な選択だろう。いつの時代も、そしてどんな分野でも、損切りというのは必要なのだ。大金を費やしたソシャゲをやめる。長年連れ添った恋人と別れる。降伏とはそういった決断と同種の問題で、負けるのが確実なら早いうちに白旗を上げたほうが賢明なのである。陸軍は天皇崇拝に囚われていたせいでそのことを理解できなかった。やはりこいつらは出来損ないだと思う。

宮城事件については失敗することが分かっていたとはいえ、あの勢いを目の当たりにしたらワンチャン成功するのではないかと錯覚してしまう。宮内省を占拠して天皇の確保までしているから、これを鎮圧するのは難しいだろう、と。師団長を殺して偽の命令書まで発行しているから、もう後には引けないだろう、と。それが電話一本であっさり解決してしまうのだから拍子抜けである。彼らにもう少し根性があったら時間稼ぎくらいはできたかもしれない。

日本は今回の敗北が歴史上初なので、それが拗れた一因だと思った。負け方を知らないのは時に致命傷になり得る。毎年夏になったらこのことを思い出して、二度と同じ過ちを繰り返さないよう注意する必要がある。