海外文学読書録

書評と感想

是枝裕和『DISTANCE』(2001/日)

DISTANCE

DISTANCE

  • ARATA
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★★★

カルト教団「真理の箱舟」が無差別殺人を起こして大量の死者を出した。その後、5人の実行犯は教団によって殺害され、教祖も自殺する。3年後、実行犯の遺族4人――敦(ARATA)、勝(伊勢谷友介)、実(寺島進)、きよか(夏川結衣)――が八ヶ岳のふもとに集まる。湖で慰霊をした帰り、一行は車を盗まれたため、現地にいた元信者の坂田(浅野忠信)の案内で山奥のロッジに泊まる。

志の高さは窺えるものの、後年の作品ほどには洗練されてなかった。シーンの合間に過去の断片を散りばめる編集はわりと好み。また、役者がアドリブでぼそぼそ喋るところも味がある。しかし、序盤でカメラが頻繁に手ぶれするのはどうにかならないかと思った。ああいうのは全然リアルじゃないからやめてほしい。

カール・マルクスは宗教を「民衆のアヘン」と表現していたけれど、世に溢れる様々な価値観もほとんどアヘンに近いものがある。それは資本主義だったり、恋愛至上主義だったり、フェミニズムだったり、多岐にわたるものだ。人間はそれぞれ何らかの価値観を信仰しながら生きている。そして現代社会において、神を信仰の対象にした宗教はすこぶる反動的だ。それは往々にして既存の価値観の転倒を図っている。僕の知る限りでは、資本主義社会に順応できない人たちが、現実からの救済を願って宗教に縋っているようだ。彼らは不器用であり、理想主義者であり、この社会における負け犬である。だから資本主義のゲームから降りて別のルールを作ろうと模索している。端的に言えば彼らは革命家に近く、それゆえに無差別殺人なんてものを引き起こすのだ。結局のところ、信仰の対象を必要とする点では、我々も宗教信者も変わらない。現行の社会を信じるか、理想の社会を信じるかの違いである。

大抵の人は、宗教にはまるような人間とは著しい断絶を感じるだろう。しかし、これが価値観の転倒を模索した運動である以上、自分の身内からそういう人間が出てくることだってあり得る。いくら同じ釜の飯を食っていても、価値観まで同じ色には染まらない。人間はそれぞれ固有の自我を持っているのであり、人の数だけ信仰のあり方が異なるのだ。たとえ家族といえども、他人を思い通りにすることはできない。本作を観て、我々の社会が完璧から程遠いものであることを再認識させられた。