海外文学読書録

書評と感想

マーティン・スコセッシ『タクシードライバー』(1976/米)

★★★★★

マンハッタン。不眠症に悩むトラヴィスロバート・デ・ニーロ)がタクシードライバーの職に就く。彼は悪徳に塗れた町の人々に苛ついていた。あるとき、選挙事務所を通りがかったトラヴィスは、そこで働くベッツィー(シビル・シェパード)に一目惚れする。彼女をデートに誘うも、失態を犯して振られるのだった。やがて娼婦のアイリス(ジョディ・フォスター)と出会い……。

狂気に染まっていくロバート・デ・ニーロと、退廃したマンハッタンの町並みが見事に調和していて最高だった。荒い色調の画面がどこかハードボイルドっぽいというか、フィルム・ノワール的な雰囲気がある。環境動画として一日中垂れ流しておきたいほどだった*1。こういう味わいは古い映画じゃないと無理だろう。観ている間の満足度が非常に高く、美しい映像は目の肥やしになった。

ラヴィスは冒頭から鬱屈した正義感を抱えていて、町の人々を洗い流す雨を欲している。ゴミ捨て場みたいな町を掃除したいと願っている。そこから徐々に自警団的な意識が醸成されていくのだけど、面白いのは彼が町の人間を見るときの目つきだ。何とかしてやりたいと思っているがありありで、特にタクシーのルームミラーに映る彼の目は、目だけで完璧に心情を語っていて凄みがある。この「目で語る」というのが本作の中核にあって、俳優がそれを見事に表現しているところは並じゃないと思った。

銃=男根というお決まりの図式を採用するならば、銃を所持していなかったトラヴィスは去勢された男である。それゆえに、退廃した町に対して無力だった。政治家に町の浄化を期待するしかなかった。ところが、そんな彼が銃を手に入れることで変貌する。体を鍛え、射撃の訓練をすることで、失われた男性性を回復する。トラヴィスベトナムに従軍した元海兵隊員だったことに留意されたい。彼は軍隊というマチズモの世界に回帰することで、このアスファルトジャングルで生き抜く力を手に入れたのだ。戦場とは正義と狂気が隣接する危うい世界であり、それがマンハッタンという日常に移し替えられることで、彼が英雄になるという皮肉な現象が出来する。結果的には、ベトナムで果たせなかった正義――自己満足の正義――をマンハッタンで果たすことになる。つまり、これは形を変えたベトナム戦争映画なのだ。親に宛てた手紙のなかで、「政府の仕事をしている」とか「素敵な彼女と付き合っている」とか、嘘八百で取り繕っているのが印象的で、理想と現実の間でもがきながら狂っていくのが興味深い。

あと、『現代の英雄』の項で書いた通り、現代における英雄とは「無敵の人」であることが本作でも証明された。無敵の人、すなわち、失うものが何もない人。それが現代の英雄としてメディアを騒がせる。

*1:ちなみに、『ブラックホーク・ダウン』【Amazon】を観たときも同じように思った。