海外文学読書録

書評と感想

フランシス・フォード・コッポラ『地獄の黙示録 特別完全版』(1979,2001/米)

★★★★

ベトナム戦争。CIAによる要人暗殺に従事してきたウィラード大尉(マーティン・シーン)が、妻と離婚して戦場に帰ってくる。彼は元グリーンベレー隊長のカーツ大佐(マーロン・ブランド)を殺害するよう命じられるのだった。カーツはカンボジアのジャングルで独自の王国を築いて不法活動をしているという。ウィラードは若い兵士たちと哨戒艇に乗り、川を遡って王国へ向かう。

『闇の奥』【Amazon】を翻案した映画。

すべてを緻密に計算して作ったウェルメイドな映画ではなく、持てるアイディアをごった煮的にぶち込んだ甚だ奇怪な映画だった。サーフスポットを確保するためにベトコンの集落を爆撃し、戦闘中に裸の兵士たちがサーフィンをする。かと思えば、ジャングルのど真ん中にライトアップされたステージが登場し、プレイメイトによるショーが行われる。さらに、カーツの王国では土人たちが古代人みたいな格好をして偶像崇拝をしている。常識から逸脱したへんてこなエピソードに溢れていて、これがジャングルの悪夢的光景を表現しているのか、あるいはベトナム戦争の特異性を炙り出しているのか、いずれにせよ、それまでの戦争映画とは明らかに違っていた。

しかしまあ、ベトナム戦争を扱った名作って多かれ少なかれ奇妙だと思う。『フルメタル・ジャケット』【Amazon】はトチ狂った訓練兵が教官を射殺する映画だし、『ディア・ハンター』【Amazon】はトチ狂った兵士がロシアン・ルーレットに傾倒する映画だし……。本作を含めた3作に共通するのは人間の狂気だろう。戦争がもたらす狂気。第二次世界大戦を扱った映画はだいたい娯楽に偏ってるので、このこじらせ具合はなかなか興味深い。

それもこれもベトナム戦争が負け戦だったからだろう。第二次世界大戦は、正義の連合国が悪の枢軸国に勝った勧善懲悪のストーリーだ。子供でも分かるストーリーである。それがベトナム戦争では一転、自分たちが正義であることに確信が持てなくなった。アメリカが主導する世界秩序に裂け目ができてしまった。それを如実に表しているのがフランス人と会食するエピソードで、ここではベトコンの生みの親がアメリカであることを指摘されている。ベトコンは太平洋戦争中、対日戦を有利に進めるために育てられた。つまり、アメリカは自分で巻いた種によって苦しめられているのだ。これは冷戦後のイスラム聖戦士と同じ構造で、もともと味方として利用していたものに手を噛まれている。アメリカの世界戦略のまずさはいつの時代も変わらないようで、そういう国が超大国としてのさばっているのは不思議なことである。

ラスボスのカーツ大佐(マーロン・ブランド)よりも、序盤に出てくるキルゴア中佐(ロバート・デュヴァル)のほうがよっぽど怪人物で、その躁病的な言動には思わず見惚れてしまった。本作のMVPは間違いなく彼だろう。それと、哨戒艇で川を遡るプロットは、『ハックルベリー・フィンの冒険』【Amazon】で川を下っていくのと対応している。つまり、どちらも川に沿って進むことでディープな世界に足を踏み入れていくのだ。『闇の奥』が期せずしてアメリカ文学に繋がるところが面白い。