海外文学読書録

書評と感想

ゾルタン・コルダ『サハラ戦車隊』(1943/米)

★★★

1942年。北アフリカ戦線で戦うアメリカ軍に撤退命令が下されるも、ガン軍曹(ハンフリー・ボガート)率いるM3中戦車「ルル・ベル」号は故障で逃げ遅れていた。戦車は本体に合流すべく南へ向かう。その道中、イギリス軍の軍人やイタリア軍の捕虜を拾い、一行は大所帯になっていく。目下の懸案は水が足りないことだった。

この時期のハリウッドで、物資の欠乏を描いた戦争映画は珍しいかもしれない。というのも、当時のアメリカ軍は豊富な生産力に裏打ちされた確かな補給が持ち味だった。少なくとも、伝統的に映画ではそのように表現されている。物資に満ち溢れたアメリカ軍。ところが、本作では水がない。煙草や燃料はあるものの、生命の維持に不可欠な水が足りないのである。こういった極限状況を敢えて題材にしたところに新鮮味を感じた。

一行は最大で10数名の寄り合い所帯になるのだけど、それが多国籍軍みたいになっているところが面白い。アメリカ人にイギリス人にフランス人。果ては敵であるイタリア人やドイツ人。白人もいれば黒人もいるし、キリスト教徒もいればイスラム教徒もいる。特徴的なのがイタリア人捕虜の扱いで、ドイツ人捕虜が完全な悪役なのに対し、イタリア人捕虜は連合軍に協力的なのが目を引いた。イタリア人とドイツ人、同じ枢軸国の人間なのに、この差は何なのだろう? おそらくは当時の国民感情を反映した結果なのだろうけど、それにしてもイタリア人が優遇されていたのには首を捻った。

自軍が9人で敵軍が500人。圧倒的戦力差であるにかかわらず、知恵を駆使して敵と戦う。この辺がプロパガンダ映画らしいと思った。兵士は数的不利でも全力で戦わなければならない。敵を足止めし、反撃の機会を窺う。今回は敵も水が足りなくて付け入る隙があった。さすが正義のアメリカ軍、何とも勇ましいことである。まあ、尻尾を巻いて逃げたら映画にならないので、この選択は物語としては正しいのだろう。けれども、もし自分が同じ状況にいたら、さすがに勘弁してくれよとは思う。

水が少ししかないのに水浴びしたり、人がいないのにハーモニカを吹いて騒がしくしたり、ドイツ軍相手にハッタリをかましているところが微笑ましい。さらに、隣で雑談していた仲間が狙撃されてあっさり死ぬところも、どこかもののあはれを感じさせる。思うに、戦争映画は命を蕩尽するからこそ心に迫るものがある。