海外文学読書録

書評と感想

岩井俊二『リップヴァンウィンクルの花嫁』(2016/日)

★★★

臨時教員の皆川七海(黒木華)が、SNSで知り合った鶴岡鉄也(地曵豪)と結婚することに。自分のところの親戚が少ない七海は、なんでも屋の安室行舛(綾野剛)に代理出席を依頼する。その後、鉄也の浮気が発覚し、さらに姑(原日出子)に七海の浮気の証拠を突きつけられる。それは別れさせ屋によってでっちあげられたものだった。離婚して住む場所を失った七海は、安室に結婚式の代理出席の仕事を紹介してもらう。そこで里中真白(Cocco)という女性と意気投合。次に紹介された仕事は屋敷に住む込みで働くメイドだったが、既に真白が働いていた。七海と真白、2人で共同生活をする。

現代で『花とアリス』【Amazon】をやるとこうなるのかという感じ。

今はネットで何でも手に入る時代で、七海はあっさり結婚相手を手に入れた。まるでネットで買い物をするみたいに。さらに、高度資本主義社会ではサービス業も発達、金さえ払えばなんでも屋によってあらゆるサービスを提供してもらえる。このなんでも屋というのが曲者で、結婚式の代理出席だけでなく、別れさせ屋や心中相手の斡旋など、倫理的にまずいものまで扱っている。一見すると、安室は七海に対して誠実そうに見える。けれども、やってることはなかなかえげつなくて、腹の底では何を考えているのか分からない。敵なのか味方なのかはっきりしない。それもそのはずで、おそらく安室の忠誠心はなんでも屋という仕事にしかないのだろう。仕事のためならそれこそ何でもする。人を助けたり人を騙したりしつつ、最終的にはクライエントの要望を叶える。象徴的なのが、ある女性の死亡報告をしに彼女の実家にあがりこんだシーンだ。そこで裸になって感情を顕にするのだけど、彼の態度ははっきり言って嘘くさい。敢えて茶番を演じているように見える。安室にとっては愁嘆場ですら感情労働に過ぎないのではないか。結局、彼は最後まで七海の面倒を見るのだが、それは危ういバランスの上に立った奇妙な関係で、七海が無事で済んだのは奇跡だと言える。

七海と真白の関係はどこか美しさを感じさせるもので、この監督は女同士を撮らせたらかなりのものだと思う。主体性に欠ける七海と、奔放な生き方をしている真白。2人がウエディングドレスを着て「結婚」するシーンなんか最高ではないか。七海も真白も傷ついて傷ついてようやく幸せを手にしたわけで、この安息は永遠に続いてほしいと思わせる。もちろん、続くわけはないのだけど。

人生に対して消極的だった七海が、魂を揺さぶられるような経験を経て新生活を始める。終わってみれば、得難い冒険だった。よくよく考えてみると、安室はお化け屋敷の案内人みたいな役割で、七海に非日常を体験させた。出口のないトンネルを抜けさせた。動機はどうあれ、良き案内人だったことに間違いない。