海外文学読書録

書評と感想

ディディエ・デナンクス『記憶のための殺人』(1984)

★★

1961年10月17日、パリでアルジェリア民族解放戦線による大規模なデモが行われる。付近を通りかかった高校教師ロジェ・ティロが、機動隊の服を着た男に射殺される。20年後。ロジェ・ティロの息子ベルナールは、ある秘密組織について調べていた。その彼が旅行先のトゥールーズで何者かに射殺される。刑事カダンが事件を捜査する。

「結局、あなたの考えでは、警察は見当外れの獲物を追いかけているというわけかい?」

「あなた方が追いかけてるのは、いちばん小さい獲物よ。その間に、大きな獲物のほうは誰にも邪魔されずにたらふく餌を楽しんでいるわ……」(p.144)

映画で恐縮だけど、僕にとってノワールと言ったら『深夜の告白』【Amazon】や『現金に体を張れ』【Amazon】なので、本作のどこがノワールなのかさっぱり分からなかった。むしろ、これって社会派ミステリでは。というのも、本作は犯行の動機にフランスの歴史が絡んでいる。上に書いたあらすじの流れだったらアルジェリアの独立問題がテーマかと思うけど、これがまったく関係ないのだから驚きだ。むしろ、アルジェリアが一種のミスディレクションになっていて、真相はわりとありがちなものになっている。率直な感想を述べると、「またこれか」という感じで少々げんなりしたことは否めない。手垢がつきまくっているというか。ただ、書かれたのが80年代であることを考えると、当時としてはまだまだ新しい題材だったのだろう。何しろ、21世紀になってもたびたび話題になるのだから。あの問題がフランスにどれだけ深い爪痕を残したのかが窺える。

ミステリとしては謎の作り方が面白くて、20年前の殺人と現代の殺人、2つの連立方程式を解くような形式になっている。まず、一介の教師にすぎないロジェが殺されたのが謎だし、その20年後に彼の息子が殺されたのも大きな謎だ。なぜ時を越えて親子が? という疑問が湧き上がってくる。そして、現代の謎を解くには、先に20年前の謎を解かなければならない。遠回りのようでいて、これが唯一の解法なのだ。本作はこのように事件の構図が錯綜していて、なかなか興味をそそるような内容になっている。ただ、それだけにあの真相にはがっかりだった。もう少し何とかならなかったかと思う。

ところで、80年代と言えば日本ではバブル期だった。当時の日本人は旅行代理店の団体ツアーで海外旅行をしまくっていたようで、本作にもその形跡が見られる。また、同じ80年代に書かれた『侍女の物語』にも、日本人観光客が出てきて異彩を放っていた。『農協月へ行く』【Amazon】ではないけれども、こうやって現実の恥ずかしい出来事が文学作品に記録されてしまうわけで、そう考えると日本人として迂闊なことはできない。僕も気をつけるからみんなも気をつけよう。