海外文学読書録

書評と感想

ナ・ホンジン『哀しき獣』(2010/韓国)

哀しき獣(字幕版)

哀しき獣(字幕版)

  • ハ・ジョンウ
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★★★★

中国北東部にある朝鮮族自治州。タクシー運転手のグナム(ハ・ジョンウ)は、韓国に出稼ぎに行った妻からの送金を待ちつつ、借金返済のために賭け麻雀をしていた。そこへヤクザ者のミョン(キム・ユンソク)から韓国へ行って人を殺してくるよう依頼される。船で韓国に密入国したグナムは殺人の準備をしつつ、妻の捜索をするのだった。

韓国産フィルム・ノワール。良くも悪くもハリウッド映画っぽいのだけど、細かいところに独自色があって楽しめた。

何と言っても、使ってる武器が包丁と斧なのがいい。メインキャラであるグナムとミョンもそうだし、モブのやくざたちもこの2つで殺し合いをしている。銃を使ってるのは警官だけだ。包丁でざくざく切りつける感覚。斧でどかどか叩きつける感覚。この身体性はガンアクションではとても味わえないだろう。目の前で命のやりとりをしているのだな、という痛烈な感覚がひしひしと伝わってくる。この部分はハリウッド映画では見られない独自色と言えるだろう。それどころか、日本の犯罪映画でもあまり見られないのではないか。なぜなら、やくざも銃を使うので。ともあれ、本作は包丁と斧で殺し合いをするところが最高だった。

ハ・ジョンウ演じるグナムは寡黙であまり喋らないのだけど、それゆえに表情ですべてを物語っている。コンビニでカップ麺を啜ったり、見張りをしながらパンを頬張ったり、飯を食う表情が「生きてる!」って感じで微笑ましい。また、走って逃げるときの必死の形相ときたら可愛げがあるし、物陰から密かに状況を伺う表情にも愛嬌がある。こういう顔ができるハ・ジョンウはいい俳優だと思った。

それにしても、韓国って警察が無能すぎないか? 警官とパトカーが大勢でグナムを追いかけるシーンでは、パトカーが次々と事故を起こして結局は取り逃している。さらに、バスに乗っていたグナムを3人の警官が追い詰めたシーンでは、1人が銃口を向けているにもかかわらず、隙を見せてまんまと逃げられている。いくら何でも間抜けすぎではなかろうか? まあ、あくまでそういう脚本なのだろうけど、この世界で警察が犯罪者を捕まえるのは難しそうである。

本作を観るまでは、中国に朝鮮族自治州があるとは知らなかった。それと、韓国語でも間投詞の「おい」は「おい」と発音するみたい。期せずして豆知識を得られた。