海外文学読書録

書評と感想

ダリオ・アルジェント『サスペリア』(1977/伊)

★★★

ドイツのバレエ学校で学ぶためにニューヨークからやってきたスージージェシカ・ハーパー)。彼女は夜更けに学校に到着したが、早々に奇妙な光景を目撃する。怯えた少女が謎の言葉を残してどこかへ走り去ったのだ。翌日、スージーは入学してミス・タナー(アリダ・ヴァリ)の指導を受ける。学校では気味の悪い事件が次々と起きて……。

作家性の強い映画だった。ケレン味のある色彩とゴブリンのBGMがいい。ホラー映画として見ると微妙だが、悪趣味な雰囲気が独特で見栄えがする。レトロ枠として割り切るなら見て損はない。

冒頭が一番良かった。スージーが空港から出てタクシーに乗り、バレエ学校に到着するまで。運転手が妙に怪しい態度でBGMも煽ってくる。いきなりホラー展開か!? と思わせる導入部だ。ここでだいぶ期待値を上げられたから、見ていくうちにあまり大したことないなと感じてしまう。かと言って、掴みが悪かったら継続して見る気も起きないから塩梅が難しい。いずれにせよ、冒頭だけは名作の風格を漂わせるものだった。

バレエ学校は外壁が赤で、廊下の壁も赤。照明による演出も赤のフィルターを使うことが多い。照明については青や緑のフィルターも使われるが、やはり基本は赤だ。この赤は血をイメージしているのだろう。殺人シーンはスプラッタ表現になっていて、明らかに塗料といった感じの血が流れる。また、体調を崩したスージーは貧血と診断され、赤ワインを飲むよう言い渡される。このしつこいくらいの赤が全体を彩っていて強い印象を残す。まるで『叫びとささやき』を粗野にした感じだ。この色彩表現は本当にいいと思う。

魔女の話を持ち出すのが精神科医なのが面白い。魔女は精神医学の重要課題なのだという。教授にいたっては「魔法は今もあります」と言い出す始末だった。これはつまり、精神医学とは科学ではなくオカルトなのである。少なくともこのシーンではそう告白している。考えてみれば、始祖フロイトもおよそ科学的とは言えなかった。弟子のユングにいたってはオカルトに傾倒していた。精神医学とは人間の謎を探究する学問であり、奥に入れば入るほど謎が深まる。そして、最終的にはオカルトに到達するのだ。本作の描写はそう理解すべきなのだろう。当時精神医学がオカルトと評価されていたのは興味深い。

殺人については下手人も動機も明かされない。スージーのことも邪魔だから殺すみたいな感じだし、どうにもふわっとしている。あんなホイホイ殺していたら警察に怪しまれるのではないか。また、盲導犬が学校関係者に噛みついたり飼い主を噛み殺したりするが、あれは結局事故みたいで「この野郎!」ってなる*1

本作は2018年にリメイクされたが、今のところ見る気はしない。こういうのは70年代だからこそ許されるのではなかろうか。

*1:後者については魔法で犬を操った可能性も考えたが、確信が持てないので却下した。