海外文学読書録

書評と感想

『BOSCH/ボッシュ』(2015-2021)

憂鬱なクリスマス

憂鬱なクリスマス

  • スコット・ウィルソン
Amazon

★★★★

LA市警ハリウッド署。殺人課の刑事ハリー・ボッシュ(タイタス・ウェリヴァー)は、容疑者を射殺した件で裁判にかけられていた。一方、管内では虐待された少年の白骨が発見される。ボッシュは相棒のエドガー(ジェイミー・ヘクター)と捜査する。また、ボッシュの母親は売春婦であり、ボッシュが子供の頃に何者かに殺された。その犯人も追う。

全7シーズン68話。

原作はマイクル・コナリーのハリー・ボッシュ・シリーズ【Amazon】。

銃社会で警官をやるとはこういうことだ、というのが伝わってきた。アメリカの刑事ドラマが面白いのはアメリカが銃社会であるうえ、多文化共生の歪みが治安の悪さに繋がっているからだろう。端的に言えば、銃を用いた凶悪犯罪が多い。犯罪者たちはりんごの皮を剥くよりも手軽に市民を射殺していく。当然、捜査するほうも命懸けだ。銃の構え方からして日本の刑事ドラマとは一味違う。家探しするときも、部屋のひとつひとつを確認して「クリア!」と相棒に知らせる。被疑者を確保する際は、反撃されないよう手順に沿って武装解除していく。そういった所作の隅々に緊張感がみなぎっているところが見所だ。一度アメリカの刑事ドラマを見てしまうと、日本の刑事ドラマは弛緩しきっていて見てられない。本作からは銃社会の迫力を感じ取ることができる。

主人公のボッシュは型破りな刑事で、犯罪者を捕まえるために無茶をする。彼は周囲の誰よりも正義感が強かった。ただ目的のためには手段を選ばないところがあり、それが波風を恐れる上層部とコンフリクトを起こすのである。時にはやり過ぎて裁判になることもあった。一方、相棒のエドガーは相対的に冷静だが、彼もまたシーズン6で試練に晒されることになる。それはシーズン1のボッシュと似た状況だが、ある一点で決定的に異なっていた。エドガーはその試練が元で調子を崩し、シーズン7ではボッシュの足を引っ張ることになる。アメリカ社会において犯罪者を正当に裁くのは難しい。優秀な弁護士と法廷で戦わなければならないし、組織犯罪の場合は司法取引もある。さらに、FBIが犯罪者を証人として保護している場合もあるのだ。本作はそういったなかで正義を貫くことの困難さが語られ、遂には破局を迎えるのである。ボッシュもエドガーもそれぞれ妥協しなかったが、最終的にオミットされたのはボッシュのほうだった。その破局の様相を組織内政治と絡めているところが絶妙で、シーズン7の脚本は終幕にふさわしい巧みなものとなっている。このプロットは見事だった。

刑事が事件を解決するだけでなく、組織内政治がストーリーに組み込まれているところが魅力で、アーヴィング本部長(ランス・レディック)の辣腕ぶりには惚れ惚れする。市長選は撤退を余儀なくされたが、地位を失いそうになったところを土俵際でうっちゃる手際は一級品である。パトロール警官からの叩き上げは伊達ではなかった。その一方、問題児のボッシュを制御することができず、最後の最後に手痛い打撃を受けている。エピローグでアーヴィングのことは語られていないが、おそらく本部長として致命傷を負ったことだろう。人が集まると組織になり、組織は様々な思惑が交差して自分の行動を制限してくる。本作にはそういった政治の困難さも描かれている。

登場人物の佇まいがそれぞれ個性的で、入念に役作りしているのが窺える。たとえば歩き方。ボッシュは首を傾けながら肉食獣のように歩く。エドガーはスマートな着こなしと同様にスマートに歩く。アーヴィングは上級職らしく背筋を伸ばして堂々と歩く。歩き方だけでもこんなに違う。また、本作はハリウッドのロケーションもいい。特にボッシュの家はスタール邸をロケ地にしており、夜景がとても綺麗だった。

なお、本作はAmazonオリジナルシリーズであり、プライム・ビデオでしか見ることができない。当初は3ヶ月で全部見るつもりだったが、スケジュールが立て込んで1年以上かかってしまった。